国立感染症研究所

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腸管出血性大腸菌O111による焼肉チェーン店での集団食中毒事件―富山県

(IASR Vol. 33 p. 119-120: 2012年5月号)

 

2011(平成23)年4月に焼肉チェーン店Aで腸管出血性大腸菌(EHEC)による集団食中毒が発生した。患者34名が溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症し、5名が脳症で死亡するなど重症例が多いことが特徴であった。患者からはEHEC O111:H8(O111)とO157:H7(O157)の2つの血清型が分離されるなど、細菌学的にもいくつかの特徴が認められた。ここでは細菌学的検査対応と分離菌の解析結果について述べる。

検体からのEHECの分離
患者および相談者の便検体からのEHECの検出はおもに医療機関や厚生センターで実施され、その検査はEHEC O111およびO157に加え、VT遺伝子を保有しないO111(VT-)も対象となった。当所ではこれらの菌が分離されなかった患者検体を対象としてEHECを再検索するため、通常の検査法に加え、ノボビオシン加mEC による増菌、両血清群に対する免疫磁気ビーズによる菌の濃縮、さらにEHECの酸耐性を利用した酸処理工程と42℃および35℃での培養法を加えた(図1)。その結果、新たにEHECが分離された。食品検査については、ノボビオシンを添加しないmEC による増菌も併用した。検査対象がO111とO157であったため、検査はきわめて煩雑となったが、食品からの菌の分離にはノボビオシン無添加のmECでの35℃培養など、条件を変えた方法の併用が有用であった。

分離菌の解析
患者から分離された株を血清群と保有するVT遺伝子型の組み合わせで分けた結果を図2に示す。EHECの毒素型が、O111ではVT2 とVT- 、O157ではVT1 、VT2 およびVT1&2 と複数認められたため、EHECが分離されなかったグループ1も含め15型に分かれた。もっとも多かったのは、グループ1で 102名、次いでO111(VT-)のみ分離されたグループ9が24名であった。グループ1の重症者では溶菌により毒素量が増加した可能性が推定された。また、グループ9には、便の増菌液がPCR陽性であっても、そこから分離された 800コロニーにVT遺伝子を検出できない患者が認められた。これは、EHEC O111には不安定な状態のVT2 プロファージが存在し、容易にVT2 ファージが脱落して分離されたものと推定された。加えて、PFGE型においてもO111、O157どちらも多様性を示したが、いずれも同一集団発生株と推定され、VTファージやIS(Insertion sequence)の不安定さを示していると思われた。VT遺伝子以外では、O111、O157いずれもeaehlyAの遺伝子が陽性で、その他は検出されなかった。重症化との関連性が報告(注1)されているnorVについてはO111のみから検出された。一方、VT産生性はO111、O157ともに参照株と同等、あるいは低い傾向を示した。また、薬剤感受性は、一部の薬剤に耐性を示したが、ドイツの事例のような高度耐性株はなかった。

なお、本事例では、菌が分離されないため、感染症法で定義されるEHEC感染症と診断されない患者が多く認められた。そこで、患者血清の抗大腸菌LPS 抗体価測定を試みたところ、HUS 患者12名でO111に対する抗体価の上昇が認められ、3類感染症と診断できた(注2)。また、HUS 非発症例でも血便を示した患者の血清でLPS 抗体価の上昇を認めた。患者からはEHEC O157も分離されたが、いずれもO111に対する抗体価が高く、腸管病変に強く関与したのはEHEC O111:H8であると考えられた。

考 察
本事例では、分離菌が多様である一方、溶菌現象や不安定なVT2 プロファージの存在により、EHEC感染症の診断が困難になったと推定された。感染症は菌分離により診断されることが基本であるが、それが困難な場合に対応する方法の開発と準備が必要であろう。

謝辞:本事例の検査にあたり、関係機関の皆様に多大なるご協力をいただき、ここに深謝いたします。

注1) Kulasekara, et al., Infect Immun 77: 3713-3721, 2009

注2) HUSの患者については、血清中の大腸菌LPS 抗体価上昇の確認で診断できる。

富山県衛生研究所細菌部
磯部順子 嶋 智子 木全恵子 金谷潤一 綿引正則 佐多徹太郎

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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