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長崎県内中学校における百日咳集団発生

(IASR Vol. 33 p. 325-326: 2012年12月号)

 

諸 言
百日咳菌(Bordetella pertussis)は、飛沫により伝播する感染力の強い急性気道感染症の起因菌として知られている。百日咳は乳幼児の疾患とされてきたが、近年ワクチン効果の減弱した青年・成人にも罹患することが明らかとなった。乳幼児においては典型的症状(カタル期・痙咳期・回復期)がみられるため容易に診断されるが、成人では遷延性の咳が唯一の症状で、診断されないままワクチン未接種乳幼児への感染源となる場合がある。近年、大学や職場等で成人百日咳の集団発生が相次いでいる1) 。今回、我々は長崎県内の中学校で百日咳の集団発生を経験したので報告する。

集団発生の概要
2010年7月初旬、A中学校に通う娘とその母親を百日咳と診断した医師(当該中学の校医でもある)から中学校内で百日咳の集団発生の疑いがあるとの報告2) を受け、保健所による疫学調査が開始された。調査の結果、6月2日~7月12日までに咳症状を呈する生徒31名が確認された。6月下旬に咳症状を呈する者のピークがみられたが、医療機関で百日咳と診断された生徒はいなかった(図1)。集団発生確定後は、休校措置による校内の消毒、生徒およびその家族に医療機関受診を勧奨し、関係機関および家庭への注意喚起が行われ、終息に向かった。

調査方法
7月9日、保健所から有症者5名(抗菌薬未投与者)の鼻腔分泌物が当所に搬入された。DNA 抽出〔QIAampDNA Micro Kit (QIAGEN)〕後、国立感染症研究所(感染研)から供与された百日咳菌用Loop-mediated isothermal amplification (LAMP)キットを検出に用いた。検査の結果、LAMP法陽性となったDNA抽出物を感染研に送付し、Multilocus sequence typing (MLST)による遺伝子型別とReal-time PCR法による保菌量解析を依頼した。

結果および考察
LAMP法では、5名中2名(生徒1名、教師1名)から百日咳菌遺伝子が検出された。これらの陽性検体は5つの型に分類されるMLST遺伝子型別3) では、いずれもST2型(ptxA1, prn2, fim3A)に分類された。ST2型は、1990年代に出現し、国内分離株(1991~2007年)の33.3%を占める4) 。保菌量はReal-time PCRによるCt値(Threshold cycle: PCR増幅産物が閾値に達したときのサイクル数。Ct値が小さいほど、サンプル中に目的とするDNA量が多い)で評価し、生徒と教師のCt値はそれぞれ 27.15、28.97であった。Nakamuraら5) は百日咳菌患者の平均Ct値(小児:27.1、成人:34.9)から成人の保菌量は少ないと報告しているが、今回の事例では中学生、教師ともに小児と同程度の高い保菌量を示した。

これまで、百日咳の検査診断には簡便な菌凝集素価法(東浜株、山口株)が用いられてきた。しかし、近年の小児は高い凝集素価を保有していることが明らかとなり、成人のみならずワクチン既接種児も含め、本法の低い特異性が確定診断の妨げとなっている6) 。本事例の診療にあたった医師も凝集素価からの判断が困難で、臨床症状と家族内有症者の有無などを総合して診断をせざる得ない症例もあったと報告している2) 。即ち、典型的な百日咳の臨床像を示さない患者を菌凝集素価法で診断することは難しく、本法の低い診断精度が集団発生探知の遅れとなることを指摘している。2011年に従来のBall-ELISA法に代わり96穴プレートを用いた抗百日咳毒素IgG測定(96-well ELISA法)が保険収載され、菌凝集素価法よりも簡便かつ高精度に抗体価の測定が可能となった。従って、今後検査診断には96-well ELISA法を適用することが望ましい。また、現行の無菌体百日せきワクチンの免疫効果は約4~12年で消失することが報告されており6)、本事例においても中学生が百日咳菌の感受性者となり得ることが再認識させられた。

本集団発生事例は、医療機関から保健所への迅速な働きかけと関係機関の協力のもと、7月末には終息した。

 

参考文献
1) IASR  29: 65-66, 2008
2)吉岡 朗, 長崎県医師会報 777: S35-37, 2010
3) Han H-J, et al., Vaccine 26: 1530-1534, 2008
4) IASR  29: 67-68, 2008
5) Nakamura Y, et al., Clin Microbiol Infect 17: 365-370, 2011
6) IASR 32: 236-237, 2011

 

長崎県環境保健研究センター 右田雄二 石原雅行 吾郷昌信
国立感染症研究所細菌第二部 蒲地一成

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