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Cryptococcus gattii によるクリプトコックス症

(IASR Vol. 34 p. 4-5: 2013年1月号)

 

クリプトコックス症の概念
クリプトコックス症は深在性真菌症の一つであり、肺クリプトコックス症、中枢神経系クリプトコックス症、皮膚クリプトコックス症の病型があり、最多病型は肺クリプトコックス症である。クリプトコックス症は日和見感染症の性格が強く、多くはHIV 感染者をはじめ、ステロイド投与、リンパ腫、膠原病など免疫不全を伴う基礎疾患をもつものに発病するが、全く基礎疾患をもたないものにも認められることがある。また、無症候性感染も多く、健康診断等で偶然発見される肺クリプトコックス症例も散見される。

クリプトコックス症の原因真菌
クリプトコックス症の原因真菌であるCryptococcus属はC. neoformansC. gattii に大別される。Cryptococcus 属は、莢膜の主要構成成分であるglucuronoxylomannanの抗原性の違いからA、B、C、D、ADの5つの血清型に分類されるが、血清型A、D、ADはC. neoformans に、血清型B、CはC. gattii に相当する。C. neoformans は世界的に広く生息しており、わが国のクリプトコックス症のほとんどの症例はC. neoformans (血清型A)が原因真菌である。一方、C. gattii は熱帯から亜熱帯地域を中心に生息し、この菌による感染症例発生はこれまで比較的限局性であった。

カナダ・米国におけるクリプトコックス症の多発事例
1999年から現在まで、カナダ・バンクーバーから米国北部太平洋岸を中心としたC. gattii によるクリプトコックス症の多発が確認、報告されている1) 。ブリティッシュコロンビア州のCentre for Disease Control(BCCDC)の報告によると1) 、この地域で2002年以降2011年まで毎年20~30例程度の症例が報告され、とくにバンクーバー島中央部での罹患率は3.8(人口10万対、2011年)と高い罹患率を示している。この地方におけるクリプトコックス症例218例の解析では、中枢神経症状を伴うものでは予後不良で、全体の致死率は8.7%、有症状例約95%、免疫不全例38%であった2) 。一方、米国太平洋岸のワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州でも2006年頃からクリプトコックス症の多発が確認され、米国CDCによれば転帰が確認できた45症例中9例(20%)がクリプトコックス症で死亡したことが報告されている3) 。この多発事例の原因真菌はC. gattii であるが、従来確認されている遺伝子型と異なる株(subtype; VGIIa、VGIIb、VGIIc)によること、VGIIc型は現在まで米国内でしか分離されていないことが報じられている。また、マウスでの実験結果や臨床データからVGIIa型、VGIIc型は病原性が強い株であることが確認されている。

このカナダ・米国でのクリプトコックス症多発事例においては、1)C. gattii が原因真菌であったこと、2)従来の遺伝子型とは違う3種類の遺伝子型の菌が流行していること、3)極めて病原性が強い菌が分離されていること、4)人獣共通感染症の性格をもつこと、5)経年的にこの菌によるクリプトコックス症の発生地域が現在まで拡大していること、などが特徴としてあげられ、従来のC. gattii によるクリプトコックス症とは様相を異にしている。なぜこの地域においてC. gattii 感染症が流行しているのか、なぜ新たな遺伝子型のC. gattii 株が出現したのかについてはいまだ不明な点が多いが、同じ交配型菌どうしの交配が起こったことや4)、地球温暖化がその原因と推測されている。

わが国のクリプトコックス症の状況
日本国内においてもクリプトコックス症はHIV感染者、非HIV感染者を問わず以前から発生しているが、ほぼ全例がC. neoformans が原因真菌であり、C. gattii による症例も稀ではあるが確認されてはいたが、症例の海外渡航歴から海外での感染と考えられてきた。しかし、2007年にカナダ・米国への渡航歴がないにもかかわらずVGIIa 型のC. gattii が分離されたクリプトコックス症が初めて確認され5) 、本菌によるクリプトコックス症の発生拡大が危惧されている。また、この症例以外にも日本国内感染と考えられる従来の遺伝子型のC. gattii によるクリプトコックス症の報告もあり6)、今後のクリプトコックス症例からの分離菌の動向が注視される

 

参考文献
1) BCCDC, British Columbia annual summary of reportable diseases 2011: p112-113, 2012
2) Galanis E, et al., Emerg Infect Dis 16: 251- 257, 2010
3) CDC, MMWR 59: 865-868, 2010
4) Fraser JA, et al., Nature 437:1360-1364, 2005
5) Okamoto K, et al., Emerg Infect Dis 16: 1155-1157, 2010
6) 堀内一宏, 他, 臨床神経 52: 166-171, 2012

 

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