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梅毒検査法と解釈の注意点

(IASR Vol. 41 p5-6: 2020年1月号)

 梅毒は古くからある性感染症の代表的な疾患であり, 近年特に急増している。1999~2012年頃までは年間約600-800例程度の報告となっており, ごく一部の医療関係者を除いて, 日常診療ではあまり注目されない疾患となっていた。しかし, 2013年に1,228例と1,000例を超えたあとは右肩上がりに増加を続け, 2018年では7,000例を超えた。2019年第46週までの速報値では5,817例となっており, まだ減少傾向に転じたとは言えない1)特集記事図1)。

梅毒感染者および感染経路の内訳は, 2014年までは男性同性間での報告が多く, いわゆるMSM(men who have sex with men)のコミュニティでの流行と捉えられていた。しかし, 2015年からは異性間感染の届出数が男性同性間での届出数を上回り, 2018年では異性間感染が男性同性間の感染を大きく上回っている。異性間感染のなかでは女性感染者も急増しており, 特に女性は20~30代の感染者が多い。2019年1月(東京都のみ2018年1月)から梅毒発生届の様式が変更となり, 発生届には性風俗産業の従事・利用の有無の記載が求められるようになった。現時点ではすべての解析はされていないものの, 東京, 大阪などの中間解析では性風俗産業の従事・利用が少なからず認められ, 性風俗産業の従事・利用が梅毒感染の大きなリスクとなっていることが示唆された(学会抄録集, 日本性感染症学会:30(2)2019)。

梅毒はTreponema pallidum(TP)による局所から全身へ拡大する慢性の感染症で, 感染部位に生じる第1期梅毒疹, その後全身性に第2期梅毒疹が生じる。2期疹では多彩な皮膚症状を呈し, さらに皮膚症状のみならず粘膜症状にも注意が必要である。1期疹, 2期疹ともに無治療でも自然に消褪し無症状(無症候梅毒)となり, 症状の寛解と増悪を繰り返しながら進行していく。感染から数年の経過で晩期症状(晩期梅毒)を呈するようになるとされるが, 抗生物質が汎用される本邦では晩期梅毒と遭遇するのは稀である。梅毒に感染したとしても, すべての患者が顕症梅毒となるわけではなく, また臨床症状が出現した者で, 特に治療をなされなかった者も無症候梅毒となる時期があることに注意が必要である()。

本来, 感染症の診断には菌の証明が不可欠である。しかし, TPは今日でも家兎の睾丸内でのみ培養可能であり, 一般の検査室では培養ができない。菌体の多い病変があれば, そこから検体を採取し墨汁法やパーカーインク法を用いて直接鏡検しTPを確認する。しかし, 梅毒の直接鏡検は手技が煩雑であり, 施行できる医師や施設が限られる。近年, PCRによる診断が有望視されているが, 保険適応がなく, 検査施設も限られるため容易に施行できるとは言い難い状況である。さらに, 梅毒はその経過において潜伏梅毒の状態があるため, 検体を得られる時期は限られている。このような理由で梅毒の診断には主に血清学的検査が用いられている。

梅毒の血清学的検査は脂質抗原法(本稿では実臨床に則して以下RPRと記載する)と, TP抗原法がある。これらはそれぞれ短所をもつため, 基本的に両者を同時に測定し, 短所を補って感染の有無や病勢を判断する。なお血清学的検査は希釈倍率を用いる用手的検査から自動化法へ移行しつつあり, 検査結果の解釈にも注意が必要である。従来の希釈倍率法では梅毒感染初期において, まず, RPRが陽性を示すようになり, その後TP抗原法も陽性を示すとされてきた。しかし, 自動化法では試薬内容や検出法が変更されたため感染成立から陽性を示すまでの空白期間(window period)が短縮されている。そのため使用する検査試薬によってはTP抗原法の方が先に陽性を示すこともあり, 検査結果の解釈に注意を要する2)。具体的に述べると, 梅毒初期において従来法では[RPR陽性, TP陰性]を示すとされていたが, 自動化法ではより早期(従来法では検出できなかった時期)に「RPR陰性, TP陽性」と検出できることがある。これを従来法に当てはめて過去の既感染と判断してはならない。また従来法では2倍希釈系列での凝集をヒトの目(検査技師一人の目)で判断するため定量性に乏しく, 経時的変化を追うには限界があった。自動化法は連続する数で結果が示されるため経時的な変化を追うのに優れる。梅毒は, 感染機会, 特徴的な皮疹, 特徴的な血清反応が揃えば診断は難しくないが, 実臨床ではすべての条件が揃わない場合も多く, 性感染症診断に精通している医師ですら診断に迷う場合は少なくない。診断に迷った場合は数週間をおいて経時的な変化を捉えると診断が可能なことが多く, 繰り返しになるが自動化法を用いて経時的な変化を評価することが重要である3)

治療効果判定は血清学的検査, 特にRPRを指標にする。RPRは, 早期梅毒であれば治療によりすみやかに低下することが多いが, 梅毒に繰り返し罹患しているものや罹患期間が長期のものは低下が遅れたり, 低下したとしても陽性低値で遷延することが経験的に知られている。RPRは治療終了後も低下していくため闇雲に治療期間を延長するのではなく, 定められた治療期間終了後は慎重にその経過を追っていく。治療効果判定においても自動化法が経時的変化を捉えやすく, さらに従来の希釈倍率法ではTP抗原法は治療効果判定に適さないとされてきたが, 自動化法であれば細かい数字の変化が捉えられるため治療効果の参考所見になる。

性感染症診断において郵送検査件数が増加しており, 社会的ニーズが高いことが推測される。しかし, 現状の郵送検査は検査の精度管理や個人情報管理に関して特段の基準もなく, 事業者の自由裁量に委ねられていることが多い。上述したように梅毒の血清診断はときに判断に迷うことがあり, 郵送検査での結果解釈には特に注意されたい。

 

文 献
  1. Infectious diseases weekly report (IDWR), 21(46), 2019
  2. 福長美幸ら, 日本皮膚科学会雑誌, 127: 1771-1774, 2017
  3. 日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会:梅毒診療ガイド, 2018
 
 
東京医科大学皮膚科学分野
 講師 斎藤万寿吉

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