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イングランドにおけるClostridium difficileサーベイランス
[Clostridium difficile surveillance in England]

(IASR Vol. 41 p39-41: 2020年3月号)

2002年以降, 以前は分離が稀であったがより病原性が高くなった菌株, いわゆるClostridium difficile North American pulsed field type 1(NAP1)/ribotype 027が新興し, C. difficile感染症(CDI)の疫学に根本的な変化をもたらした。この顕著な疫学上の変化は, 当初, 北米, 次にヨーロッパ北部で認められた1,2)。2007/08年には, 55,000件以上のCDI症例がイングランドで報告され, そのうちおおよそ1/4が, 従来は本抗菌薬関連感染のハイリスクとは考えられていなかった比較的若い年代における感染であった。その上, 「C. difficile」 の文言が含まれた死亡診断はイングランドとウェールズにおいて毎年増加し, 2004年に2,238件だったが, 2007年には8,324件になった3)

このCDIの疫学的変化に対応するとともに, 重症例や予後の悪い症例を伴う大きなアウトブレイク発生への危惧から, 2007年より, すべてのイングランドのNational Health Service(NHS)急性期病院では, 2歳以上のCDIの全数報告が義務化された。注目すべきは, このときCDIの義務減少目標が設定され4), CDI報告数は, 月ごとおよび院内感染・市中発症別に公開されたことである。このサーベイランス・システムにより, 各病院/医療提供組織(trust)(イングランド全体で約150施設)は, 細菌学的検査により診断された, (入院患者と市中患者の両方の)全CDI症例を報告しなければならなくなった。CDIの診断は, NHSの定めた毒素検出検査を含めた検査アルゴリズム(試験の組み合わせ)による。2007年以降毎年, 病院には許容範囲目標CDI症例数が決められ, その目標に達しない施設には罰金が科せられる場合がある。

この10年間で, イングランド(および英国全体)におけるCDI発生率は著しく減少した。同様に, 高い罹患率と致死率を伴う大きなCDIアウトブレイク(多くはC. difficile ribotype 027による)の発生は明らかに減少した。イングランドで30%CDIを減少させる当初の目標をはるかに超え, 実際には現在までに最大75%の減少が認められた4)。2007/08~2012/13年までの間にCDI発生率は急速に低下した。2012/13年以降も減少し続けているが, 急速ではない。全CDI発生率の低下は, 院内発症例での低下に反映された。しかしながら, 市中発症例の減少はそれほど急速ではなかった。実際, 市中発症例は, 今やすべての症例の約2/3を占める。過去10年間にイングランドで行われた感染予防対策や抗菌薬処方への介入の多くは, 病院内でのCDI発生率の低下に焦点が絞られており, 院内発症と市中発症でみられる相対的変化の原因といえよう。ただし, ここでの院内発症と市中発症の分類は, 患者に入院歴があるか否かは考慮されていない。このため, イングランドでのサーベイランスを欧州CDCおよび米国CDCによるサーベイランスと整合させるために, 2017年4月より入院歴によるCDIの分類を導入することになった4)

CDIの脅威へのNHSによる対応で2番目に重要なことは, C. difficileサーベイランス・プログラム強化として, Clostridium difficile Ribotypingネットワーク(CDRN)が設立されたことである(主として, Health Protection Agency, 後のPublic Health Englandより資金提供が行われた)5)。CDRNはいくつかのイングランドの地域の微生物学研究所により成り立ち, 標準化された定義に基づいて提出された下痢便検体についてC. difficile培養とribotyping解析を行い, タイムリーに(検体提出から1~2週間以内に)結果を返すことを目的としている。時間的, 場所的に集積する同一ribotype菌株においては, multi-locus variable repeat analysis(MLVA)による, さらなるタイピング解析がCDRN設立当初より導入された。CDRNは主要な菌株ベースのC. difficileサーベイランス・システムのひとつとして認識されている。重要なことは, 全ゲノムシークエンス解析を取り入れた画期的な研究により, この10年でC. difficileの疫学に関する理解が非常に深まったことである6-18)

CDRNは, 活動を開始した3年間で計12,603検体を受領し, 検体数および国に報告されたCDI事例数における割合は, 2007/08年(n=2,109, 3.8%), 2008/09年(n=4,774, 13.2%), 2009/10年(n=5,720, 22.3%)と, 年ごとに有意に増加した(p<0.05)6)。CDRNに提出された検体からのC. difficile分離率は90%であり, 最初の3年間で11,294菌株のribotyping解析が可能であった。よく分離される10 ribotypeのうち9 typeは2007~10年の間に有意に変化した(p<0.05)。C. difficile ribotype 027分離は優位であったが, 2007/08年, 2008/09年, 2009/10年で, 55%, 36%, 21%と著しく減少した。致命率データは報告によるバイアスの可能性があるものの, 2007~10年の間にCDIに関連した死亡例の著しい減少がみられた。様々な要因が考えられたが, その中にはribotype 027による感染が減少したことも含まれた。

まとめると, イングランドでは, (特にribotype 027によって引き起こされた)CDI流行ピーク時の2007年に, 包括的なサーベイランス・システムが確立された。CDIを義務報告対象にしたこと, および, 菌株のribo-typing/MLVA解析は, 症例数の激減, さらに, 高病原性ribotype 027クローンの蔓延に劇的な変化をもたらした。CDIに関連した死亡例の報告数もCDRNが開始後に減少し始め, C. difficile ribotype 027流行株の制御による可能性が高いと考えられた。このような経験は, 包括的な国家サーベイランス・プログラムの重要性を示すものであり, イングランドで認められたようなCDIの減少は他国では滅多に達成されていないことを言及したい。

 

文 献
  1. Kuijper EJ, et al., Clin Microbiol Infect 12(suppl 6): 2-18, 2006
  2. Warny M, et al., Lancet 366: 1079-1084, 2005
  3. Health Protection Agency and Department of Health, Clostridium difficile infection: how to deal with the problem
    http://www.hpa.org.uk/webc/HPAwebFile/HPAweb_C/1232006607827, Accessed 4 February 2020
  4. Public Health England, Clostridioides difficile: guidance, data and analysis
    https://www.gov.uk/government/collections/clostridium-difficile-guidance-data-and-analysis epidemiology, Accessed 4 February 2020
  5. Public Health England, Clostridioides difficile ribotyping network(CDRN)report
    https://www.gov.uk/government/publications/clostridium-difficile-ribotyping-network-cdrn-report. Accessed 4 February 2020
  6. Wilcox MH, et al., Clin Infect Dis 55: 1056-1063, 2012
  7. WN Fawley, et al., J Clin Microbiol 49: 4333-4337, 2011
  8. Walker AS, et al., PLoS Med 9(2): e1001172, 2012
  9. Didelot X, et al., Genome Biol 13: R118, 2012 http://doi.org/10.1186/gb-2012-13-12-r118
  10. Eyre DW, et al., PLoS One 8(5): e63540, 2013
  11. Eyre DW, et al., New Eng J Med 369: 1195-1205, 2013
  12. Eyre DW, et al., J Clin Microbiol 51: 4141-4149, 2013
  13. Mawer DPC, et al., Clin Infect Dis 64: 1163-1170, 2017
  14. Dingle KE, et al., Lancet Infect Dis 17: 411-421, 2017
  15. Stoesser N, et al., PLoS One 12: e0182307, 2017
  16. Eyre DW, et al., Clin Infect Dis 65: 433-441, 2017
  17. Martin JSH, et al., Clin Infect Dis, doi: 10.1093/ cid/ciy302, 2018
  18. Eyre DW, et al., Clin Infect Dis, doi: 10.1093/cid/ciy252, 2018
 
 
Leeds Teaching Hospitals,
University of Leeds and Public Health England
Mark H Wilcox
(抄訳担当:国立感染症研究所 細菌第二部 加藤はる)

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