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ウマにおけるClostridioides difficile感染症

(IASR Vol. 41 p42-44: 2020年3月号)

獣医領域におけるClostridioides difficile感染症(CDI)

獣医領域におけるCDIは, ウマやブタをはじめネズミ(アレチネズミ科), モルモット, ハムスター, ウサギ, イヌなど様々な動物種において報告されている1,2)。また, C. difficileはウシやヒツジなどの他の家畜3), ニワトリ4), 北極グマ5)からも検出されており, これらの動物はreservoirの一種と考えられている。ひき肉やソーセージなどの畜産物, 牡蠣, 生野菜などの食品からもC. difficileが検出されている6)。国内ではウマ(後述)やブタ7)でCDIの発生が確認されており, 感染例以外にもブタの糞便8)やその堆肥9)からC. difficileが検出されている。家畜や食品などからのC. difficileの伝播は, ヒトにおける市中感染の増加やワンヘルスの観点から重要であると考えられるが, 直接的な関連性を示すデータはなく, C. difficileによる食中毒の事例も報告されていない10)。日本中央競馬会(JRA)競走馬総合研究所では, 2010年に国内で腸炎を発症した競走馬から初めてC. difficileを分離するとともに, 競走馬の手術後に多く認められる致死的かつ原因が不明な腸炎, いわゆる 「X大腸炎」 との関連を明らかにした11)。本記事では我々の経験した競走馬におけるCDI症例を含めウマのCDIの疫学を中心に述べたい。

ウマにおけるCDI

ウマのCDIは, 1988年に米国で確認された子馬の出血性壊死性腸炎が文献上最初の報告となるが12), 現在では世界各国で発生がみられる。CDIは, 子馬だけでなく成長した馬(成馬)での発生も確認されており, 発症と年齢との関連は認められない。また, 医療施設内でアウトブレイクを引き起こすことがある一方, 野外における孤発例も少なくない。感染は, C. difficileの芽胞, または栄養型細胞に汚染されたウマの糞便や環境からの経口摂取(糞口感染)によって起こるとされているが, 他の動物やヒトからの伝播の可能性も考慮する必要がある。

ウマのCDIにおける主要なリスクファクターは, ヒトと同様に抗菌薬の投与と考えられている。β-ラクタム薬, マクロライド, クリンダマイシン, リファンピシンなど様々な抗菌薬の投与とCDIの発症との関連が指摘されており, Rhodococcus equi感染症の治療のためにエリスロマイシンとリファンピシンを経口投与されていた子馬の母馬がCDIを発症したケースが報告されている13)。一方, 生後7日未満の子馬のCDIでは抗菌薬の投与歴のない場合も多い14)

競走馬におけるCDI

JRA競走馬総合研究所では, 2010年に国内で初めてウマからの本菌分離以降, 2017年までにJRA馬医療施設内で29例のCDI発生を確認している()。競走馬以外でのウマのCDI国内発症例も確認されているが, 獣医領域においてC. difficileの検査を実施している検査施設は限られており, 正確な発生状況は不明である。CDIは, ウマの感染性腸炎のなかでは死亡率が高い疾病と言われているが, とりわけ国内の競走馬においては重篤な症例が多く(, 図1), 致命率(安楽死を含む)は85%に達する。

JRA馬医療施設内におけるCDIの発生状況は, 時期によって変化が認められている。2010~2012年までは11例中8例が術後入院2~4日目に発症しており, そのうち7例がtoxin A, toxin B, およびbinary toxinを産生する, PCR-ribotype(RT)078による感染であった。RT078は, 獣医領域におけるCDIでは従来より問題となっているタイプであるが, 国内ではヒトCDIからの分離が稀であるものの, ヒトCDIでもhypervirulent株のひとつとして注目されている。コアゲノムSNPsを用いた分子系統解析から, この時期の入院例から得られたRT078株は同一のクローンであることが明らかとなり, 入院例の多くはRT078株による医療関連感染であったことが強く疑われた(図2)。なお, 同時期に分離され, 1株のみ系統樹上の位置が異なるRT078株(図2のa)は, 外部施設で去勢手術を受けた後に下痢を発症し, JRA馬医療施設内へ転院した症例からの分離株である。一方, 2013年以降, 入院例は18例中5例であり, うち2例のみがRT078株による感染であった()。その2株のうち, 2013年に分離された1株は, それ以前のRT078株と同じクローンである一方, 2016年の分離株は異なるクローンであるとともに, 術後入院1日目での発生であり, 医療施設外での感染と推測された。

上述のRT078に加え, 国内の競走馬からはRT017など国内ヒトCDI症例から頻繁に検出されるribotype菌株も分離されている(図2)。コアゲノムSNPs解析より, RT078およびRT017のウマ由来株は, 各々, ヒト由来株と非常に近縁であり, ウマ由来株のヒトへの病原性やウマ−ヒトでの伝播の可能性を明らかにするためにもさらなる調査が必要と考えられる。

 

参考資料
  1. Weese JS, et al., J Vet Intern Med 17: 813-816, 2003
  2. Santiago S, et al., Chapter 15, In Clostridial disease in Animal, 2016
  3. Knight DR, et al., Front Public Health 20: 164, 2019
  4. Abdel-Glil M, et al., Anaerobe 51: 21-25, 2018
  5. Weese JS, et al., Anaerobe 57: 35-38, 2019
  6. Brown AWW, et al., Gastroenterol Rep 6: 157-166, 2018
  7. 竹馬 工ら, 日本獣医師会雑誌 70: 516-521, 2017
  8. Asai T, et al., Vet Med Sci 75: 539-541, 2013
  9. Usui M, et al., Anaerobe 43: 15-20, 2017
  10. Candel-Pérez C, et al., Food microbiol 77: 118-129, 2019
  11. Niwa H, et al., Vet Rec 173: 607, 2013
  12. Jones RL, et al., J Am Vet Med Assoc 193: 76-79, 1988
  13. B˚averud V, et al., Equine Vet J 30: 482-488, 1998
  14. Diab SS, et al., Vet Microbiol 167: 42-49, 2013
 
 
日本中央競馬会 競走馬総合研究所
 丹羽秀和

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