日本のClostridioides difficile感染症
(IASR Vol. 41 p35-36: 2020年3月号)
Clostridioides difficile感染症(CDI)について
Clostridioides(Clostridium)difficileは, 芽胞を形成する偏性嫌気性グラム陽性桿菌である。本菌の産生する毒素には, toxin A, toxin Bおよび, binary toxinがある。
C. difficile感染症(CDI)は, 抗菌薬使用等によって消化管微生物叢が撹乱された状態(dysbiosis)で発症することが多い消化管感染症である。加齢や基礎疾患などの宿主側因子が発症に影響し, 高齢者での罹患が多い。症状は, 軽度の下痢から中毒性巨大結腸症や腸閉塞まで幅があることが特徴で, 死の転帰をとる症例もある(本号3&4ページ)。内視鏡検査などで消化管に偽膜形成が認められた場合にはCDIと診断されるが, 偽膜形成が認められないCDI症例も多い。また, CDIは再発することが多く, 再発を繰り返す症例では, 治療に難渋する。一方, 特に入院患者では無症候性にC. difficileを消化管に保有していることが多い。消化管症状のない人に対しては検査も治療も不要である。
CDIの疫学
欧米では, CDIに対する関心は高く, 国を挙げて調査および感染対策がなされている。米国Centers for Disease Control and Prevention発行の「米国における薬剤耐性の脅威2019年」では, C. difficileは脅威レベル「緊急」の5病原体のひとつとしてリストアップされ, 政府主導で感染対策が行われている(https://www.cdc.gov/drugresistance/pdf/threats-report/2019-ar-threats-report-508.pdf)。英国では, 2007年よりCDIを全数把握疾患としてサーベイランスが開始され, CDIに関する認識の向上がCDI発生率低下に貢献した(本号5ページ)。対照的に, 日本ではCDIに関する認識度は低く, 医療現場においても行政においても, CDIへの感染対策は欧米と比較して著しく遅れている。過去日本ではCDI発生率は低いとされてきたが, 最近の多施設前方視的調査において, 調査した12病院全体のCDI発生率は7.4/10,000 patient-daysと欧米同様に高いことが明らかになった。外来下痢患者においてはCDIが疑われないことが多く(本号3ページ), 日本での市中感染の感染実態は不明である。
分子疫学的な見地においては, 2004年以降, 北米やヨーロッパの一部の国から, PCR-ribotype(RT)027(BI/NAP1/027)株による感染の報告が相次ぎ, 世界的に注目された。本RT027株は, 北米を起源とし, フルオロキノロン抗菌薬への耐性を獲得した後に, 短期間でヨーロッパへ広がったことが知られている。日本では, 平成19(2007)年の事務連絡「クロストリジウム・ディフィシルおよび多剤耐性緑膿菌(MDRP)に係る院内感染対策の徹底について」において, RT027株による感染を含めたCDI院内感染対策の徹底について厚生労働省より通知がなされた。しかしながら, RT027は現時点で日本では稀な分離株である(図)。
日本の分離株では, RT018, RT014, RT002, RT369およびRT017菌株が75%以上を占める。最優勢タイプはRT018およびそのsubtypeであり, このRT018が優勢である傾向は1990年代から既に認められていた(図)。RT018臨床分離株は, フルオロキノロンやクリンダマイシン等の抗菌薬に耐性で, 従来使用されてきた抗菌薬による選択圧が本株優勢の要因のひとつと推定される。RT018株は, イタリアや韓国でも優勢で, 重症化との関連が報告されている。RT018株は国内の医療機関内でしばしば感染患者クラスターを形成し, 院内アウトブレイク流行株として重要である(本号7ページ)。一方, RT002株は, 香港での調査で重症化との関連が指摘されているが, 日本でも重症例やアウトブレイク事例が認められ(本号3&4ページ), 今後注目すべき株と考えられる。
獣医学的領域のCDIとワンヘルス
獣医学的領域のCDIにおいてワンヘルス的な観点で研究が本格化したのは比較的最近であるが(本号8ページ), 動物のCDI自体は, 以前より様々な産業動物・愛玩動物において研究されてきた。現在までに食中毒事例の報告はないが, 動物におけるCDIおよびC. difficile消化管保有は, 食品汚染との関連でも注目されている。
CDIの診断
日本の多施設前方視的調査において, 下痢・腸炎患者におけるCDI検査頻度とCDI発生率の間に明らかな正の相関が認められた。このことから, 下痢・腸炎患者において積極的にCDIを疑って細菌学的検査を行うことの重要性が示された。細菌学的検査法としては, 酵素抗体法による糞便中毒素(toxin A/toxin B)検出およびグルタメートデヒドロゲナーゼ(GDH)検出検査, C. difficile培養検査, 糞便中toxin B遺伝子(tcdB)検出検査, さらには, tcdB検出に加えてbinary toxin遺伝子検出やRT027推定検出機能のある遺伝子検査法等があるが, 万能な試験法はない。適切な検査管理のもとに試験法を組み合わせて検査を行い, 臨床症状と総合して診断をすることが必要である(本号10ページ)。
CDIの治療
Dysbiosisの誘引となった抗菌薬使用があれば, 中止・変更を行う。C. difficileに対する抗菌薬としては, メトロニダゾール, バンコマイシン, フィダキソマイシンを使用する。繰り返す再発例への新しい治療法として, toxin Bに対するモノクローナル抗体製剤使用や, 日本では臨床研究として糞便移植の実施が導入された(本号12ページ)。一方, 内科的治療に反応しない劇症腸炎例では, 緊急外科治療が必要となる。結腸全摘術, 亜全摘術が行われるが, diverting loop ileostomyにより結腸を温存する術式も行われる。またプロバイオティクスはCDIへの治療効果は認められない。
CDIの予防
抗菌薬や制酸薬の適正使用が, CDI発症リスク軽減として効果がある。
手指衛生に一般的に使用されるアルコール等の消毒薬がC. difficile芽胞の状態では無効であること, 入院患者では無症候性キャリアが存在すること, がCDI感染対策において注意すべき点である。有病率が高い場合には, 流水と石けんによる手指衛生が基本である。CDI患者には, 接触予防策を行う。無症候性キャリアも感染源となりうるため, 全入院患者に対する(排泄ケアを中心とした)標準予防策の徹底が重要である。
CDIは, 特に, 高齢患者や抗菌薬治療が必要な患者が多く入院する医療機関・病棟では, ゼロにならない疾患である。アウトブレイクとは, 通常レベルを上回る患者発生のことである。CDIアウトブレイクがいったん発生すると, その対応には困難を極める(本号4&7ページ)。アウトブレイク発生の兆候を察知するためにも, 抗菌薬適正使用の指標とするためにも, 常に, CDI発生率と細菌学的検査頻度のベースラインを把握することが重要である。
高齢患者は複数の医療機関や施設間で移動を繰り返すことが多いため, CDIは地域で感染対策を考えるべき感染症である。特に感染防止対策加算を取得していない中小病院においては, 高齢患者が多い上に, 検査体制も含め感染対策が不十分であることが多いため, CDIに関する注意がより必要である。CDI感染対策において, 保健所をはじめとした自治体による支援の役割は, 今後さらに重要となる(本号13ページ)。
今後の課題
日本でのCDI感染対策における, 最も大きな問題点は, CDIに関する認識・理解の低さにある。医療機関だけではなく, 高齢者施設や自治体等の保健衛生に携わる関係機関での正しい情報の共有が必要である。