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保健所の立場からみたClostridioides difficile感染症対策に関する課題

(IASR Vol. 41 p47-48: 2020年3月号)

筆者は, 令和元 (2019) 年度から地域保健総合推進事業(全国保健所長会協力事業)「薬剤耐性(AMR)対策等推進事業」の分担事業者を務めている。本事業班は, 保健所に院内感染対策の相談があった場合の対応能力の向上等を目指し, 平成25(2013)年度から活動している。

その活動の中で, 保健所からの医療関連感染に関する相談を受け付け, 事業班員(保健所医師と感染管理専門家で構成)で回答内容を検討し, 相談者にアドバイスする事業を継続実施している。相談内容は多彩だが, 保健所が医療機関から情報提供を受けて, 対応に苦労する病原体やアウトブレイクに関する相談が多い。その相談内容として, これまで複数の保健所の相談, 情報提供があった感染症としてClostridioides difficile感染症(CDI)がある。

この背景として, ①C. difficileは抗菌薬関連下痢症・腸炎の主要な原因菌であり, 日本においてもCDI発生率は低くないこと。②CDIは医療関連感染として重要であり, 院内アウトブレイクが発生すると対応が容易ではないこと。③欧米に比べ日本でのCDIの認知度は高くなく, 見過ごされているCDI症例やアウトブレイク事例が多いと推測されるが, 日本でもきちんと検査すれば, かなりの頻度でCDIがみつかること, などが考えられる。

ところで, C. difficileという名前は, 培養困難(difficult)な偏性嫌気性菌であることに由来しているが, 保健所での対応を考えると, まさにdifficultを感じる課題がある。端的に述べると, CDIは保健所職員にとって, 制度や対応の隙間に落ちてしまいがちな感染症である。これまで当事業班に寄せられた相談内容を通して, 保健所の立場からみたCDI対策に関する課題を3点述べる。

1)医療関連感染の院内アウトブレイクの相談は, 平成26(2014)年の医療法関連通知に基づいて保健所の医療法担当に寄せられるルートがある。また, 感染症法に基づく届出が契機となって, 感染症法担当が相談を受けるルートもある。平成30(2018)年度に当事業班が保健所を対象に行った調査で, 院内感染対応における, 医療法, 感染症法担当の役割分担, 連携について問うと, 8割を超える保健所で, 感染症法担当と医療法担当が協力して対応していた。

たとえば, 院内アウトブレイクの原因として重要なカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)は, 感染症法では5類感染症として患者は全数保健所に届け出される。平成26(2014)年の医療法関連通知では, CREについて医療機関は保菌者も含めて対応を求められている。すなわち, 保健所にとっては, 感染症法担当のルートでも, 医療法担当のルートでも相談が入りやすく, 感染症法担当と医療法担当の連携がとりやすい病原体である。

一方, CDIについては, 感染症法の届出疾患ではなく, 平成26(2014)年の医療法関連通知においても明確な対象とされていない。このため, 保健所にCDIの相談があっても, 保健所間で取り扱いに差が生じる。平成19(2007)年に厚生労働省医政局指導課からCDIに言及した事務連絡も出されているが, その後の院内感染対策通知において, 対象から消えているとみなしている保健所もあると考えられる。また, 保健所においては感染症法と医療法の担当は分かれていることが多く, その点からもCDIは制度の隙間に落ちてしまう可能性がある。医療機関から, CDIについて保健所に相談したが, 感染症法の届出疾患でなく医療法関連通知からも対象疾患として読み取れないことを理由に対応してもらえないという情報が, 事業班に届くこともある。

2)医療関連感染の院内アウトブレイクの相談があった場合の保健所の対応については, たとえばCREであれば, 国立感染症研究所感染症疫学センターと当事業班で作成した「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症に関する保健所によるリスク評価と対応の目安について ~保健所と医療機関のよりよい連携に向けて~」に保健所対応の指針が示されている。他の多剤耐性菌の相談があった時の保健所の対応の方針も, 基本はこの指針に沿ったものになる。

ところが, CDIのアウトブレイク対応は, 多剤耐性菌と比べ, 検査法が異なること, 芽胞を形成し環境を介した伝播の要素が強いこと, 手指衛生や消毒の考え方が異なること, 保菌者に対する考え方が異なることなど, 留意すべき点が多い。特に, CDIに慣れていない中小病院から保健所に相談があった場合は, 平常時の対応, アウトブレイク時の対応, それぞれに注意して相談対応する必要があり, 保健所の対応能力が追いつかない状況も考えられる。

3)院内アウトブレイクの相談にあわせて, 病院から保健所に検査が依頼されることがある。たとえばCREであれば, 平成29(2017)年の通知により, CRE感染症の届出を受けた自治体は医療機関に対して菌株の提出を求め, 行政検査として耐性遺伝子の解析が実施可能となっている。しかし, 「臨床検査」ができる医療機関からCDIのアウトブレイクに際して保健所に行政検査を求められた場合には, その位置づけや目的は必ずしも明瞭ではない。事業班に寄せられたCDIの相談事例でも, 医療機関からC. difficileの行政検査を求められた保健所への回答について, 事業班としてもどのようなアドバイスを返すか苦慮したことがある。

以上の3点の課題は, CREと比較するとCDIに特有なもので, 直ちに解決するのは難しいと感じる。一方, これまで当事業班では, 保健所が地域の感染症ネットワークに関与する重要性を検討してきたが, 保健所のCDI対策に関する課題を解決する方策も, その延長線上にあると思われる。すなわち, 平成26 (2014) 年の医療法関連の通知は, 保健所に地域の感染症対策ネットワークを把握し, 専門家と連携しながら, 医療機関のアウトブレイクに適切に対応できる能力を求めている。これはCDIによるアウトブレイク発生時に, 保健所が課題を乗り越え, 対応能力を向上させるためにも, 重要な視点である。

病院, 保健所, 地方衛生研究所, 国立感染症研究所等の関係機関が連携し, 地域全体でCDIの平常時および, アウトブレイク時の対応能力が向上することに期待したい。

 
 
高知市保健所 豊田 誠

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