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わが国におけるデング熱流行のリスクと媒介蚊対策の備え

(IASR Vol. 41 p100-101: 2020年6月号)

わが国は, 2014年に約70年ぶりのデング熱国内感染と流行を経験した。160名を超える患者数の発生に関与したのは, ヒトスジシマカ(Aedes albopictus Skuse)と呼ばれるヤブカの仲間の蚊である1)。この蚊はデングウイルスのほかにチクングニアウイルスやジカウイルスなど, 様々なアルボウイルス(節足動物媒介性ウイルス)の媒介者であることが知られている。

インバウンド(来日外客)数の増加はこれらのウイルスが国内に持ち込まれるリスクの増大に大きく寄与すると考えられるが, 2019年のデング熱感染者数約3,200万人は, 2014年の約2.4倍に当たる。これに呼応するかのようにデング熱の輸入症例数も増加傾向にあり, 2019年には初めて400名を超えた2)。ヒトスジシマカは東南アジアが起源とされているが, 徐々に分布を拡大し, 今では世界の温帯~熱帯地域に広く生息している3)。ヨーロッパにおいても1975年頃から定着が始まり4), 分布域が徐々に拡大しているが, それにより, 以前にはなかった蚊媒介感染症の国内流行も報告されるようになってきた。ヨーロッパCDCによると, これまでデング熱やチクングニア熱の国内流行が起きていなかった国々で, 2007~2018年の間に少なくとも11回の国内流行が報告されている5)。2019年にはフランスにおいてジカウイルス感染症の国内感染例が少なくとも3名報告されているが, この国にはネッタイシマカ(Aedes aegypti Linnaeus)が生息していないことから, ヒトスジシマカが媒介者として関与したと推定されている6)

国立感染症研究所(感染研)昆虫医科学部では世界のデング熱流行地で人おとり法による媒介蚊の密度調査を行っているが, 多くの場合8分間で平均10個体以下の捕獲数に留まる。一方, 日本国内で同様の調査を行うと, 数十個体以上捕獲されることも珍しくない7)。稀にではあるが200個体を超えることさえある8)。一般に, デング熱流行地では本疾病の媒介者としてヒトスジシマカよりもヒト吸血嗜好性が高いネッタイシマカがより重要であると認識されているが, 2014年に東京都を中心として発生したデング熱流行からもわかるように, わが国においては, ヒトスジシマカの高い生息密度が流行リスクを押し上げているといえる。

すでに延期が決定されたが, 2019年の時点では翌2020年に夏期オリンピック・パラリンピックが予定され, インバウンド数もさらに増加することが予想された。そこで, 国内でデングウイルスを保有した蚊が見つかった場合や, 蚊媒介感染症が発生した場合を想定した媒介蚊の駆除訓練が, 感染研昆虫医科学部によって企画された。2014年にデングウイルス保有蚊が捕獲され, 媒介蚊の駆除を経験している新宿御苑を会場として開催された9)

訓練の目的は, ①媒介蚊駆除に携わる様々な関連部署がそれぞれの役割を確認するとともに, 横の連携を円滑に行うための準備を整えること, ②自治体や検疫所職員が蚊の駆除現場を経験し, それぞれの緊急時マニュアル整備に役立てられるようにすること, ③国民に, オリンピック開催に向けて関連機関が準備を整えていることを知っていただくとともに, 媒介蚊対策がデング熱のコントロールに重要であることを啓発すること, である。

この訓練は, 薬剤散布前後にヒトスジシマカの密度調査を行う蚊捕獲班, 駆除を行う駆除班, そして捕獲した蚊のウイルス検査を行うウイルス検出班に分かれて行われた。2019年9月2日の閉園日を利用して行われた訓練当日は160名を超える参加者が集まった。見学者には, 保健所の生活環境課や感染症課の職員, 検疫所職員, 新聞社やテレビ局のマスコミ関係者が含まれた。まずは捕獲班が, 園内敷地内の57カ所で8分間の人おとり法による蚊の密度調査を行った。その間, 駆除班により, 3種類の薬剤散布法〔動力噴霧, 高濃度少量散布(ULV), 炭酸ガス製剤〕について, 見学者向けにデモンストレーションが行われた。蚊捕獲班による蚊の密度調査終了後, あらかじめ設定しておいたエリアで薬剤散布が行われた10)。散布エリアでは, 薬剤処理前に18カ所で計74個体のヤブカ(大多数はヒトスジシマカ)が捕獲されたが, 散布後には1個体も捕獲されなかった11)。今回の調査で捕獲された218個体のヤブカ雌成虫を対象に3種アルボウイルス(デングウイルス, チクングニアウイルス, ジカウイルス)の検出試験が行われたが, いずれも陰性であった12)。訓練の様子は当日昼以降, 複数のテレビニュースや30以上の新聞記事で全国に伝えられ, 媒介蚊対策の重要性が国民に周知される良い機会となった。

今回, 蚊媒介感染症発生を想定して, 関連する団体間で連携確認を含む媒介蚊の駆除訓練が行えたことは意義深かったと言える。訓練後には約5年ぶりにデング熱の国内感染事例が報告された(本号6ページ参照)。今後もわが国は観光立国化が進められ, デング熱をはじめとする蚊媒介感染症の国内発生のリスクが上昇していくと予想されることから, 定期的に同様の訓練を行っていくことが重要であると考えられる。また, 各自治体においても, 平時のうちに関連組織が媒介蚊対策に関する動作確認を行っていくことで緊急時の速やかな対応が実現するものと思われる。

 

参考文献
  1. Kobayashi D, et al., Am J Trop Med Hyg 98: 1460-1468, 2018
  2. 国立感染症研究所, 感染症発生動向調査週報(IDWR), IDWR速報データ2019年第52週
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/9289-idwr-sokuho-data-j-1952.html (Accessed February 10, 2020)
  3. Hawley WA, et al., Science 236: 1114-1116, 1987
  4. Adhami J and Reiter PJ, Am Mosq Control (Assoc 14: 340-343, 1998)
  5. European Center for Disease Prevention and Control, 22 October 2018, Stockholm, ECDC, 2018
  6. Giron S, et al., Euro Surveill 24: 1900655, 2019
  7. 沢辺京子ら, 第52回日本脳炎ウイルス生態学研究会講演要旨集 2017
  8. Sunahara T, Jpn J Infect Dis 72: 368-373, 2019
  9. 葛西真治ら, 衛生動物 71: 67-71, 2020
  10. 谷川力ら, 衛生動物 71: 79-83, 2020
  11. 比嘉由紀子ら, 衛生動物 71: 73-78, 2020
  12. 小林大介ら, 衛生動物 71: 85-90, 2020
 
 
国立感染症研究所昆虫医科学部
 葛西真治 沢辺京子

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