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2019年の日本の伝播性薬剤耐性HIVの動向

(IASR Vol. 41 p182-183: 2020年10月号)

抗HIV治療歴のないHIV感染者において, 薬剤耐性変異をもつHIVが検出される場合があり, これらの伝播性薬剤耐性および治療前薬剤耐性の疫学動向は, 初回推奨抗HIV療法の選択や予防投与の選択に重要な基礎情報である。

全国の医療機関の協力のもと, 2003年から研究班において新規未治療HIV感染者の伝播性薬剤耐性の動向調査を行っており1), 2019年(1~12月)は合計514例を解析した。2019年末までにその解析総数は9,820例にのぼる。これは, この期間にエイズ発生動向調査で報告されたHIV感染者とAIDS患者の合計を分母とすると約40%に相当する。

本邦での新規未治療HIV感染者の伝播性薬剤耐性変異の動向をに示す。サーベイランスのための伝播性薬剤耐性変異のリストは, プロテアーゼ阻害薬(PI), 核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI), 非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)については2009年に世界保健機関(WHO)等で提唱されたものを用いた2)。インテグラーゼ阻害薬(INSTI)については2019年にWHOのワーキンググループによるリストが作成されたが3), 本解析では既存のStanford HIV Drug Resistance DatabaseのSurveillance Drug Resistance Mutation のリスト4)を用いている。

にはNRTI, NNRTI, PI, INSTIの4つのクラスの伝播性薬剤耐性変異の動向を, それぞれを色分けして示した。4クラスのいずれかの伝播性薬剤耐性変異を保有する率は, 8-10%前後で近年推移していたが, 2018年4.9%, 2019年6.4%へと減少した。

2019年の薬剤クラス別内訳では, NRTI 3.7%(19/514), NNRTI 1.0%(5/514), PI 1.8%(9/514), INSTI 0.2%(1/510)であった。

その内訳で頻度の高いものをみると(表1), NRTIのジドブジン(AZT)やスタブジン(d4T)に対する耐性変異(thymidine analog mutation: TAM)の1つで, その復帰変異であるT215Xが2.1%, 同様にTAMのL210Wが0.6%, 比較的古い世代のPIに対する耐性変異のM46I/Lが0.8%, NNRTIのエファビレンツおよびネビラピンに対する耐性変異のK103Nが0.6%であった。これらの変異を有する株の一部は流行株の1つとして日本国内で定着しているものの, これらは比較的古い世代の抗HIV薬に対する耐性変異である。現在の初回治療の第一選択の抗HIV薬の組み合わせに対して影響を与える主要な耐性変異は, わずかであった。ただし, B型肝炎ウイルス(HBV)先行治療に起因すると考えられる耐性変異も, ほぼ毎年検出されており, HBV治療前のHIV検査は必須である5)

その他, サーベイランスのための伝播性薬剤耐性変異にリストされていないpolymorphic mutationも含めたminor mutationを表2に示す。これらは単独で薬剤耐性に与える影響は限定的であるものの, 比較的頻度の高いものが含まれる。
 今後の曝露前予防内服(PrEP)の普及, 海外での耐性動向, 抗HIV薬の使用動向等の影響を受け, 本邦の薬剤耐性動向は変化していく可能性があり, 動向を引き続き注視する必要がある。

本研究は日本医療研究開発機構エイズ対策実用化研究事業「国内流行HIV及びその薬剤耐性株の長期的動向把握に関する研究」により行われた。

 

参考文献
  1. 薬剤耐性HIVインフォメーションセンター
    https://www.hiv-resistance.jp/
  2. Bennett, et al., Plos One 4724, 2009
  3. Tzou, et al., J Antimicrob Chemother 75(1): 170-182, 2020
  4. Stanford HIV Drug Resistance Database
    https://hivdb.stanford.edu/pages/surveillance.html
  5. 蜂谷敦子, IASR 38: 181-182, 2017
 
 
国立感染症研究所       
エイズ研究センター 菊地 正
薬剤耐性HIVネットワーク

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