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クラリスロマイシン投与後に症状再燃と菌再分離を認めた百日咳の乳児

(IASR Vol. 42 p111-112: 2021年6月号)

 
はじめに

 百日咳の治療は, 小児呼吸器感染症診療ガイドライン20171)において, マクロライド系抗菌薬であるエリスロマイシン(erythromycin:EM)14日間, クラリスロマイシン(clarithromycin:CAM)7日間, またはアジスロマイシン(azithromycin:AZM)5日間の投与が推奨されている。2019年11月, われわれは百日咳症例に対するCAM8日間投与後に症状再燃と菌再分離を呈した1か月児を経験した2)

症 例

 患児は日齢31の女児で, 日齢28(第1病日)からの咳嗽を主訴に受診し, チアノーゼを伴う痙咳と無呼吸発作のため入院した。体温36.6℃, 酸素飽和度99%(室内気), その他理学所見に異常なし。入院当日, 後鼻腔ぬぐい液から百日咳菌(Bordetella pertussis)DNAが検出され, CAM 15mg/kg/日の経口投与を開始した。後日, 同検体から百日咳菌も分離された。入院中, 呼吸補助は要さなかった。無呼吸発作の消失をみて第10病日に退院し, CAMは計8日間投与した。

 しかし, 退院後に無呼吸発作の再燃を認め, 第19病日に再入院となった。再入院時も百日咳菌DNA陽性で, 百日咳菌も分離された。CAM再投与で治療を開始したが, 菌分離が報告された第22病日にEM30mg/kg/日の14日間経口投与に変更した。第27病日に痙咳と無呼吸発作の消失をみて退院とした。

臨床経過と百日咳関連検査成績

 初回入院時に百日咳菌分離とDNA検出は陽性であったが, 退院前には菌分離とDNA検出の再検査を行っていない。再入院時にも陽性であった菌分離とDNA検出は, 第22病日に菌分離は陰性, DNA検出は陽性, 第27病日にはDNA検出も陰性化した。初回入院中のPT-IgG抗体は陰性で推移したが, 再入院時に陽転し, 第35病日には50 EU/mLに達した。百日咳IgM抗体とIgA抗体は, 観察期間を通して陰性であった(図1)。

 家族の臨床経過と百日咳関連検査成績を図2に示す。父は児の発症3週間前から, 祖母は2週間前から咳嗽が持続し, 近医で咳喘息と診断されていた。母と祖父は無症状であった。百日咳の症状があった父と祖母は, 児の診断翌日からCAMが投与された。

百日咳菌臨床分離株の細菌学的検討

 初回および再入院時に分離された2株について, Etest(ビオメリュー・ジャパン株式会社)を用いて抗菌薬感受性を検討した。両株はCAMとEMに感性であった。また, 分離株の遺伝子解析を国立感染症研究所に依頼し, 初回および再入院時ともに反復配列多型解析(multiple-locus variable-number tandem repeat analysis: MLVA)型はMT32, SNP(single nucleotide polymorphism)型はSG3であり, 両株は遺伝子型が同一であった。

考 察

 百日咳菌の除菌には, マクロライド系抗菌薬投与5日間で十分とされており, 百日咳菌の培養検査が陰性化するまでのEM投与期間が平均3.6日間(範囲2~7日)であったという報告がある3)。また, EM14日間とCAM7日間の比較では, 両者の除菌効果は同等とされている4)。本症例はガイドラインに準じてCAMで治療したが, 症状の再燃と菌再分離を認めた。同様のCAM投与後再感染乳児例の報告もあり5), 低月齢乳児ではCAM投与期間が7日間では不十分なのかもしれない。

 PT-IgG抗体価が第9病日においても10 EU/mL未満であり, 百日咳IgMとIgA抗体価が上昇しなかったことは, 免疫発達の未熟性を反映するものと思われた。このような抗体産生の遅延を伴う低月齢乳児に対しては, 治療期間が長いエビデンスのある抗菌薬を選択することで, 除菌確率を上昇させるとともに再感染リスクを軽減できる可能性がある。

 百日咳は, その毒素によって抗菌薬治療開始後も症状が持続あるいは重症化することがあり, その対策としてワクチンによる予防戦略が有効である。乳児百日咳を予防する手段として, 欧米では妊婦への百日せきワクチン接種が推奨されており, さらに同居家族など乳児に接する人に対するワクチン接種(コクーン戦略)も勧められている。本症例では, 母親と同居家族へのワクチン接種により, 児の発症を予防できた可能性がある。

 本症例の症状再燃と菌再分離の原因が除菌不完全か再感染によるかは不明であるが, 低月齢乳児の百日咳ではガイドラインで推奨されているCAM投与期間の7日間では不十分である可能性がある。

 謝辞:本症例の遺伝子解析にご協力いただいた, 国立感染症研究所・蒲地一成先生, 大塚菜緒先生に厚く御礼申し上げます。 

 

参考文献
  1. 小児呼吸器感染症診療ガイドライン 2017: 153-157, 2017
  2. 伊藤卓冬ら, 日児誌 125: 930-935, 2021
  3. Baraff LJ, et al., Pediatrics 61: 224-230, 1978
  4. Lebel MH, et al., Pediatr Infect Dis J 20: 1149-1154, 2001
  5. 石井茂樹ら, 日児誌 124: 1257-1262, 2020 
 
江南厚生病院こども医療センター
 伊藤卓冬 西村直子 尾崎隆男
江南厚生病院臨床検査室    
 河内 誠  

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