関西地域を中心としたSARS-CoV-2アルファ株関連症例の特徴とゲノム解析情報を含めた疫学調査の重要性(2021年3月時点)
(IASR Vol. 42 p137-139: 2021年7月号)
2020年11月に英国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株VOC-202012/01(アルファ株)が報告されて以降, 同株は全世界的に拡大した。国内では国立感染症研究所(感染研)病原体ゲノム解析研究センターが中心となり, 各自治体で採取された検体を中心にゲノム検査・解析を実施しており, 2020年12月25日に検疫で, 英国帰国者からアルファ株が初めて検出された1,2)。2021年1月以降, 地方衛生研究所(地衛研)や民間検査所を中心に, N501Y変異株PCRスクリーニング(スクリーニング)が実施され, スクリーニング陽性となった検体の多くが感染研や一部の地衛研でゲノム検査に供されてきた。2021年1~2月にかけて多くの自治体では過去に採取された検体を遡り, スクリーニング, ゲノム検査が実施された。その中で関西地方を中心に, 2020年9月20日に英国で採取されたアルファ株とゲノム配列が完全一致する株や, 同株由来と考えられた株の検出が相次いだ。自治体間での同一株由来ウイルスの伝播が示唆されたため, 感染研では同ウイルスが検出された自治体に協力を仰ぎ, 各保健所でアルファ株に特徴的な疫学情報の収集, 発生状況に関する広域的な疫学調査を実施した。
協力8自治体(保健所設置主体による)の保健所が調査を行ったSARS-CoV-2感染症例のうち, 2021年3月9日時点で探知された以下の条件に合致するものをアルファ株関連症例と定義した。①ウイルスゲノム検査(感染研・一部地衛研で実施)によりアルファ株の感染であることが確認された者。②スクリーニング(主に地衛研等で実施)により陽性が確認された者のうち①と疫学的リンクがある者。③周囲の積極的疫学調査により, ①②と疫学的リンクがあり, アルファ株感染の蓋然性が高いと判断された者。本報告では中核市を都道府県事例とし, 全7自治体としてまとめた。発症日等の疫学情報は各保健所の調査情報に基づく。
探知症例207例のうち, ゲノム検査で配列が確定した例は72例(34.8%)であった。うち2020年9月に英国で初めに見つかったアルファ株とゲノム配列が完全一致する株, もしくは同株と数塩基異なる株が検出されたのは39例(一部は調査中にゲノム配列が確認できなかった)であった。自治体Aでは2020年12月末に発症した2症例が探知されていた。同時に複数症例が発症しており, 探知されていない感染源がこれ以前にあった可能性があった(図)。各自治体の初発症例を中心に, 自治体間での疫学的リンクについて調査を行ったが, 多くは関連不明であった。集団発生の多くは家庭内や会食等に関連したものであったが, 高等学校や医療機関など施設での集団発生もあった。複数の集団発生が確認された自治体もあったが, 集団間のリンクが不明のこともあり, 市中で探知できていない感染伝播が起きていた可能性があった。大半の事例が自治体によるクラスター対応に伴い終息したことは特筆すべき点である。
207例のうち男性が118例(57.0%)と女性よりやや多く, 10代が72例(34.8%)と他の年代より多かったが, これは複数の高等学校での集団発生の影響が考えられた。有症状者は174例(84.1%)と従来株86.1%と大きく変わらなかった。重症者(人工呼吸器使用)と死亡者は合わせて6例(2.9%)と従来株3.5%と大きく変わらなかった3)(表)。なお, 20歳未満の無症状者の割合は24.4%(積極的疫学調査で探知された症例を含む)とアルファ株の海外報告(18歳以下33.3%), 従来株の国内報告(20歳未満26.4-66.6%)と比べるとやや低く, 有症状者が多かった4-6)。
接触状況や発症日から感染伝播の判明した33ペアのデータから算出した, シリアルインターバル(一次症例の発症から二次症例の発症までの期間)は平均4.3日(95%信頼区間:3.5-5.2日)と従来株の平均5.2日と比較して短かった7)。ただし, 同一家庭内で感染したと考えられる複数ペアを含む。また, 同居家庭内で接触者調査が実施された44世帯(接触者136人, 1世帯平均3.1人)では, 家庭内の二次感染率は40.5%(95%信頼区間:20.8-52.4%)(陽性者51人, 1世帯平均1.2人)と, 従来株(12.9-16.6%:二次発症率含む)と比較して高かった8,9)。ただし, 家庭内でどのような感染対策がされていたか等の接触状況の詳細は不明である。過去の報告と, 症例数や季節, 環境等様々な条件の違いがあるため, 結果の解釈には十分な注意が必要であるが, すでに報告されているように, アルファ株の感染性や伝播のしやすさが影響を与えている可能性があった。
今回, 2020年の12月末にはすでに関西地方にアルファ株感染者がいたことが示唆された。アルファ株検出症例だけでなく, 保健所の疫学調査情報を基に疫学的リンクからアルファ株感染である蓋然性の高い症例を含めて情報収集することは, すべての変異株検査が実施されない状況で, 変異株全体の疫学的特徴を捉えるために有効である。また, ゲノム解析情報を用いることで, 疫学調査だけでは探知しにくい新たなリンクが推定される事例もあり, リンク特定の補助になったと考えられる。可能な限り事例探知早期からゲノム解析情報を考慮し, 自治体間で疫学情報を共有することは効果的であると考えられた。2021年3月半ば頃より, アルファ株は国内で急激に増加したが, それまでの期間, 変異株であっても, 各自治体によって行われたクラスター対策は地域流行を抑制する上で有効に機能していたと考える。各自治体の協力のもと, 把握している症例のゲノムを含めた情報を広域的な視点からどのように共有し対応に活かすか, 本格的な流行の前段階でいかに効果的な面の対策を行えるか, は今後の緊急の課題であると考えられた。
本調査にご協力いただきました自治体, 保健所関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
引用文献
- 感染性の増加が懸念されるSARS-CoV-2新規変異株について(第2報)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/10084-covid19-28.html - 新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報による分子疫学調査(2021年1月14日現在)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10152-493p01.html - 新型コロナウイルス感染症における積極的疫学調査の結果について(第2回)(2020年10月5日時点:暫定)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/9994-490p01.html - Brookman S, et al., Lancet Child Adolesc Health, 2021, DOI:
https://doi.org/10.1016/S2352-4642(21)00030-4 - Field Briefing: Diamond Princess COVID-19 Cases,
https://www.niid.go.jp/niid/en/2019-ncov-e/9407-covid-dp-fe-01.html - NESIDに届出された20歳未満の新型コロナウイルス感染症例のまとめ(2020年2月1日~5月28日)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/covid-19/9853-covid19-22.html - Rai B, et al., Clin Epidemiol Glob Health 9: 157-161, 2021
- 久場由真仁ら, IASR 41: 173-174, 2020
- Madewell ZJ, et al., JAMA Netw Open 3(12): e2031756, 2020