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バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)の家畜環境中での増加と輸入食肉を介したヒトへの伝播

(IASR Vol. 42 p166-167: 2021年8月号)

 

 バンコマイシンを含むグリコペプチド系抗菌薬の使用量の増加はバンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci: VRE)を増加させることが明確に示されている。VREのヒトからの分離報告は1988年にヨーロッパで, 続いて1989年に米国で報告された。それ以降, 米国では急速にVREが医療機関に広がったとされている。米国において医療環境でVREが広がった原因は, 医療環境におけるバンコマイシン使用量の増加によるとされている。米国では1988年にバンコマイシンの後発品の発売が許可され, 米国内のバンコマイシン年間使用量(1987年以前は先発品の約4,000-5,000kg)が1988年以後急激に増加し, 1997年には約12,000-13,000kgとなった。これに伴い米国の医療機関では1997年以降VREの高い分離率が続いている。

 一方, ヨーロッパでは当初, VREが米国ほどには医療環境に広がっていなかった。これは, ヨーロッパにおいてはバンコマイシンの医療環境における使用量が米国のように多くはなく, 医療環境ではVREが選択的に増加していなかったことが考えられる。しかし, バンコマイシンと同じグリコペプチド系抗菌薬である動物用アボパルシンが家畜, 主に鶏の成長促進を目的に飼料添加物として過去に用いられていた。特にヨーロッパとアジアの一部の国においてはアボパルシンが長期間用いられたために, 鶏を含む家畜の腸管内のVREを選択的に増やし, それが人間の環境に入ってきたとされている。家畜環境中でのVREの増加とヒトへの伝播が問題となり, 多くの国々では2000年頃までにアボパルシンの使用が禁止された。

 我々はこれまで, 食品由来耐性菌の調査研究として国内産および国外産(輸入)食肉からのVREの分離検出と解析を継続的に行ってきた。日本ではアボパルシンは過去に約7年間用いられたが, 国内の養鶏環境においてはアボパルシンの明らかな影響, すなわちVREの選択的増加は認められていない。しかし, 過去にアボパルシンが家畜(鶏や豚)に投与されていた国々からの輸入食肉(畜産物)を介したVREのヒト環境中への伝播と拡散が示されている1)。以前にはタイ, 中国, フランス, デンマーク, ドイツ, ブラジルからの輸入食肉からVanA型VREが多く検出されていた2,3)。そしてタイの環境やタイ産鶏肉から分離される特異的な変異をもつVanA型VREが, 国内の臨床由来VanA型VREの一部にも認められたことから, 輸入鶏肉などの畜産物を介した海外の家畜環境由来VREの日本への伝播とヒト環境中への拡散が示唆された2,4)。また台湾では家畜環境とヒト臨床環境にVREが蔓延しており, 同一のVREが家畜とヒトから分離されている(未発表データ)。さらに家畜由来株とヒト臨床分離株において同一の多剤耐性(バンコマイシン耐性を含む)高頻度伝達性プラスミドが広く存在し, これが台湾国内のVREの拡散と増加に寄与していることが明らかになっている。これらの伝達性プラスミド上には家畜に多く用いられているバシトラシンやエリスロマイシンに対する耐性遺伝子も同時に存在していたことから, 家畜環境中で出現したVREや多剤耐性プラスミドがヒト環境中へと伝播し, 台湾全土に拡散したことが示唆された。また韓国内の家畜由来VRE株とヒト臨床由来VRE株に同一のバンコマイシン耐性多剤耐性高頻度伝達性プラスミドが存在したことから, 韓国においても腸球菌プラスミドによってバンコマイシン耐性遺伝子が家畜環境とヒト環境間を伝播したことが示された5)

 世界的にアボパルシンの使用が禁止された2000年以降は, 次第に輸入食肉からのVREの検出頻度は減少してきており, 現在では高度耐性型VREの分離は比較的稀となっている。一方で, 近年VanN型VRE(E. faecium)株が国内産鶏肉から継続的に分離されている6)。VanN型VREはフランスの入院患者の血液と便から初めて分離された新規のVRE(MIC値16mg/L)である。国内産鶏肉由来VanN型VRE株の分子疫学解析から同一起源株による国内養鶏環境における伝播と拡散が示唆されており, また海外(ヨーロッパ)から輸入される養鶏用雛鶏との関連性も推測されている(未発表データ)。今後, VanN型VREが国内産鶏肉を介してヒトに伝播, 拡散し, ヒト感染症起因菌となる可能性も考えられる。

 

参考文献
  1. Ike Y, et al., Lancet 353: 1854, 1999
  2. Ozawa Y, et al., Appl Environ Microbiol 68: 6457-6461, 2002
  3. Tanimoto K, et al., Lett Appl Microbiol 41: 157-162, 2005
  4. Hashimoto Y, et al., FEMS Microbiol Lett 185: 247-254, 2000
  5. Lim SK, et al., Appl Environ Microbiol 72: 6544-6553, 2006
  6. Nomura T, et al., Antimicrob Agents Chemother 56: 6389-6392, 2012

群馬大学大学院医学系研究科細菌学/薬剤耐性菌実験施設
 富田治芳

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