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麻疹疑い症例の遺伝子検査とIgM抗体検査の併用の必要性―沖縄県の麻疹アウトブレイク事例からの考察

(IASR Vol. 42 p189-190: 2021年9月号)

 

 本邦では, 「麻しんに関する特定感染症予防指針」において, 原則麻疹疑い全例に対して麻疹ウイルス遺伝子検査による検査診断と, 医師に対しては麻疹特異的IgM抗体検査の実施を求めている。2018年の沖縄県における麻疹アウトブレイク発生時1,2), 当所に搬入された麻疹疑い全例(578例)に遺伝子検査を実施した。そのうち, 約80%が遺伝子検査により麻疹が否定されたが, 一方で遡及調査によりそれらの中にIgM抗体陽性例が確認された。今回, 遺伝子検査で診断された症例に対するIgM抗体検査の結果, ならびに麻疹ウイルス以外のウイルス検出について検討したので報告する。

材料と方法

 2018年3月20日~6月11日, 当所に搬入された麻疹疑い全578例中, 血漿の得られた541例を対象に麻疹特異的IgM抗体検査による遡及調査を実施した。EIA「生研」麻疹IgM(デンカ生研)を使用し, 判定は検査キットの基準に準拠した。遺伝子検査陰性かつIgM抗体陽性例については, 咽頭ぬぐい液, 血漿, 尿を対象に風疹ウイルス(RV), ヒトヘルペスウイルス6, 7(HHV6, HHV7), ヒトパルボウイルスB19(B19), エプスタイン・バーウイルス(EBV), サイトメガロウイルス(CMV), ヒトパレコウイルス(HPeV), エンテロウイルス(EV), アデノウイルス(AdV)の遺伝子検査を実施した。

結 果

 麻疹特異的IgM抗体検査を実施した541例は, 遺伝子検査陽性が93例, 陰性が448例であった。

 遺伝子検査陽性93例はすべて発症後7日以内に検体が採取されていた。93例のIgM抗体陽性率は46.2%(43例)であり, 発症後4日以降に有意に高い陽性率を示した(表1)。遺伝子検査陰性448例の発症から検体採取までの日数の中央値(範囲)は2日(0-18日)であった。448例のうち, IgM抗体陽性が24例(5.4%)認められた。そのうち14例は発症後3日以内に検体が採取されており, 14例中13例は1回の麻しん含有ワクチン(MCV)接種歴を有する1歳以下で, MCV接種から発症までの日数の中央値(範囲)は16日(1-85日)であった。24例中10例は発症後4日以降に検体が採取され, うち7例は1回のMCV接種歴を有する月齢6か月~1歳児であった(表2)。7例のMCV接種から発症までの日数の中央値(範囲)は37日(8-135日)であった。発症後4日以降の遺伝子検査陰性かつIgM抗体陽性10例のIgM抗体指数の中央値2.10(四分位範囲1.38-3.43)は, 発症後4日以降の遺伝子検査陽性かつIgM抗体陽性35例の中央値7.94(四分位範囲3.96-10.87)と比較して, 低値の傾向を示した(Mann-Whitney U test, p<0.001)。

 また, 遺伝子検査陰性かつIgM抗体陽性24例について, 麻疹ウイルス以外のウイルス遺伝子検出を検討したところ, 15例27検体(咽頭ぬぐい液12, 血漿9, 尿6検体)からHHV6, HHV7, B19, EBV, CMV, HPeV遺伝子が検出された(表2)。

まとめ

 今回, 麻疹疑い症例に対する遺伝子検査とIgM抗体検査結果を解析し, 両検査法の併用の必要性を改めて評価した。

 麻疹遺伝子検査陽性例の発症から検体採取までの日数と遺伝子検査およびIgM抗体検査結果の関係から, 遺伝子検査は発症後7日以内, またIgM抗体検査は発症後4日以降で診断的価値が高いと示唆された。これらは既報と相違ない結果であった3)

 一方, 遺伝子検査陰性例において, 24例のIgM抗体陽性例が認められた。うち, 発症後3日以内の14例には直近のMCV接種や, その他病原体の遺伝子検出が認められたことから, MCV接種による麻疹IgM抗体が残留している可能性や, その他病原体の感染によるIgM抗体価上昇の可能性も考えられた。発症後3日以内の麻疹が疑われる症例については, IgM抗体検査のみによる判定ではなく, 麻疹遺伝子検査の実施に加えて, MCV接種歴の情報も必要であると示唆された。また, 発症後4日以降の10例についても, MCV接種歴や麻疹以外のウイルス検出が認められたこと, さらに遺伝子検査陽性例のIgM抗体指数と比較して低値であったことからも, 既報と同様に3), MCV接種歴のある症例や他病原体感染例では, 発症後4日以降であってもIgM抗体検査のみによる麻疹の判定は難しい可能性が示唆された。一方, 残りの2例はIgM抗体検査結果から麻疹であった可能性は否定できない(表2, 発症から検体採取まで4日以降No.1&4)。

 麻疹排除状態においては, 疾患の有病率が低下するにつれてIgM抗体検査の陽性予測値は低下し, 偽陽性例が増加するとの報告があることから4,5), 今後も排除状態の維持のためには, 適切な時期に採取された検体と適切な方法による検査診断が重要であり, かつ判定困難な症例については, ワクチン接種歴を含む患者情報や疫学情報, また他病原体による感染も念頭に総合的な検査結果の解釈が必要である。

 

参考文献
  1. 久髙 潤ら, IASR 40: 53-54, 2019
  2. 久場由真仁ら, IASR 40: 54-55, 2019
  3. WHO, the Manual for the laboratory diagnosis of measles and rubella virus infection, 2nd edition, 2007
    https://www.who.int/ihr/elibrary/manual_diagn_lab_mea_rub_en.pdf
  4. Dietz V, et al., Bull World Health Organ 82(11): 852-857, 2004
  5. Hübschen JM, et al., Clin Microbiol Infect 23(8): 511-515, 2017

沖縄県衛生環境研究所衛生生物班  
 久場由真仁 仁平 稔 眞榮城徳之 大山み乃り 柿田徹也 久手堅 剛
 髙良武俊 喜屋武向子 

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