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インフルエンザ様疾患(influenza-like illness:ILI)サーベイランスによる流行状況の把握, 2020~2021年―三重県

(IASR Vol. 42 p243-245: 2021年11月号)

 
背 景

 インフルエンザという疾患は, 軽症から重症例まで症状の幅が非常に広く, また1シーズンで国民の10-15%が感染するとされ, 膨大な感染者が発生するため, 1例1例の患者数をカウントする意義には乏しい。そのため世界保健機関(WHO)からも推奨されているインフルエンザに対する標準的なサーベイランスは, インフルエンザ様疾患定点サーベイランス(sentinel influenza-like illness:定点ILIサーベイランス)として, 定点医療機関において, 症状から定義された典型的なインフルエンザ様疾患(influenza-like illness:ILI)症例数を把握し, そのなかでランダムに病原体検索を行い, その陽性率において流行を評価するものである。これにより地域における流行状況を評価し, 同時に上気道症状を来した際に, それがインフルエンザであるリスクを示してくれるわけである。

 現在の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も, インフルエンザとは症状的に区別がつかないので, 欧米では, COVID-19サーベイランスの一環として, ILIサーベイランスと同様の手法でサーベイランスされているところもある1,2)。WHOはインフルエンザの定点サーベイランスにCOVID-19の検査を加えることを勧奨している3,4)

 三重県では, インフルエンザとCOVID-19の同時流行が危惧された2020/21シーズンより, COVID-19に並行して発生するかも知れないインフルエンザの流行を早期に探知するためにILIサーベイランスを行っているので, その状況を報告する。

方 法

 三重県では三重県医療保健部薬務感染症対策課, 三重県医師会, 三重県感染症情報センター, 三重県保健環境研究所との協力により感染症法におけるインフルエンザサーベイランスの72定点(内科27+小児科45定点)において, 2020年第40疫学週より, ILIと急性上気道炎(ARI)の症例数を週単位で報告いただき, これらの症例に対して可能な限り全例にあるいは系統的に, 抗原定性キットによるインフルエンザおよびリアルタイムPCRによる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の検査を施行し, それぞれの検査数と陽性数を報告していただいた。

 症例定義は, ILI:38.0℃以上の発熱かつ上気道症状かつ全身症状, ARI(上記以外の上気道炎・COVID-19様疾患を含む):発熱, あるいは上気道症状, あるいは味覚/嗅覚障害, とした。

結 果

 データは各インフルエンザ定点医療機関より通常の感染症発生動向調査と同様のルートにて, 毎週三重県感染症情報センターに報告していただき, 集計・解析後, Webサイトより, インフルエンザ報告数, ARI報告数, インフルエンザ検査数と陽性数, SARS-CoV-2検査数と陽性数を提供した(https://www.kenkou.pref.mie.jp/covid19mie/)。は2021年の第9週(3月1~7日)に県内9つの保健所地域の70の定点医療機関において, インフルエンザは132件の検査が行われたが陽性は0, COVID-19は415例の上気道炎患者に対して検査数は310件で陽性数は0であったことを示している。

 図1に2020年第40週から三重県全体の定点医療機関における1週間のインフルエンザ検査数とその陽性数を示した。インフルエンザは2020年第44週にB型1例, 2021年第2週にB型1例, 第3週にA型1例の検査陽性が報告されたのみであった。

考 察

 2020/21シーズンにおいては, 2020年第40週~2021年第15週までの間に3,460例に対してインフルエンザの検査が行われ, 陽性数は3例であった。流行はなかったものの, 地域においてインフルエンザウイルスは存在していたと考えられるが, 一方では, 臨床的にインフルエンザを疑うことのできる症例に対して, これだけの数の検査が行われてこの陽性数であれば, 事前確率が低い状態での陽性的中率を考えると, インフルエンザの流行は, ほとんどなかったと言って良いのではないかと考える。流行があると言うのは難しくはないが, 流行が無かったと言うためには, 本当に無かったのか, 有るけれども受診しなかったのか, 十分な検査が行われていなかったのかを鑑別するために, 十分な数の疑い症例に対してきちんと検査を行い, その上で陽性がほとんど無いということを言う必要がある。

 2021年の春から夏にかけてのRSウイルス(RSV)感染症流行の経験もあり, また現状でのインドや中国におけるインフルエンザウイルスの分離数の増加5), 英国におけるリスク評価6)などから, 今冬(2021/22シーズン)はインフルエンザの流行が危惧されている。そのため特に分母を明確にしたこのようなサーベイランスが必要不可欠である。

 今シーズンに限らず, 急性呼吸器感染症の原因となる病原体はインフルエンザウイルスとSARS-CoV-2だけではない。図2にそれぞれ定点当たりに換算したインフルエンザ, COVID-19, そしてRSV感染症確定患者数を示す。これをみるとCOVID-19の第4波と第5波の間にRSV感染症が上手にはまり込んだようにもみえる。我々は定点の中で協力の得られるところからは残余検体を提供いただき, リアルタイムPCRあるいはFilmArrayにおいて他の呼吸器病原体の検索も行っているが, 今後も継続してこのILIサーベイランスを広げていくことにより, 新興呼吸器ウイルス感染症の早期探知に繋がることも期待されるところである。

 謝辞:三重県医療保健部薬務感染症対策課, 三重県医師会, 三重県感染症情報センター, 三重県保健環境研究所, および三重県感染症発生動向調査インフルエンザ定点の先生方に深謝します。

 本研究は, 令和2年度 厚生労働行政推進調査事業費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業)「マスギャザリング時や新興・再興感染症の発生に備えた感染症サーベイランスの強化とリスクアセスメントに関する研究(H30-新興行政-指定-004)」研究代表者 島田智恵 国立感染症研究所の分担研究として行われている。

 

参考文献
  1. CDC, Percentage of ED visits by syndrome in United States: COVID-19-Like Illness, Shortness of Breath, Pneumonia, and Influenza-Like Illness
    https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#ed-visits
  2. MOH, New zealand, COVID-19: Surveillance strategy
    https://www.health.govt.nz/our-work/diseases-and-conditions/covid-19-novel-coronavirus/covid-19-response-planning/covid-19-surveillance-strategy
  3. WHO, COVID-19 sentinel surveillance by GISRS
    https://www.who.int/influenza/gisrs_laboratory/covid19/en/
  4. WHO, Maintaining surveillance of influenza and monitoring SARS-CoV-2: adapting Global Influenza Surveillance and Response System (GISRS) and sentinel systems during the COVID-19 pandemic: interim guidance, 8 November 2020
    https://apps.who.int/iris/handle/10665/336689
  5. WHO, Influenza surveillance outputs
    https://www.who.int/teams/global-influenza-programme/surveillance-and-monitoring/influenza-surveillance-outputs
  6. GOV, UK:JCVI interim advice, potential COVID-19 booster vaccine programme winter 2021 to 2022, June 30, 2021
    https://www.gov.uk/government/publications/jcvi-interim-advice-on-a-potential-coronavirus-covid-19-booster-vaccine-programme-for-winter-2021-to-2022/jcvi-interim-advice-potential-covid-19-booster-vaccine-programme-winter-2021-to-2022

国立病院機構三重病院  
 谷口清州       
三重県感染症情報センター
 岩出義人 

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