日本におけるE型肝炎ウイルスのsubtype
(IASR Vol. 42 p282-285: 2021年12月号)
はじめに
E型肝炎ウイルス(hepatitis E virus: HEV)はヒトの急性肝炎, 慢性肝炎, 劇症肝炎(急性肝不全)を引き起こす。感染経路は糞口からの水系感染や, 人獣共通感染症によるものと輸血や臓器移植にもみられる。HEVは全長約7,200塩基のプラス1本鎖RNAゲノムを持つウイルスで, Hepeviridae科に分類されている。Orthohepevirus A種には現在8つのgenotype(HEV-1-HEV-8)が同定されている。最近, Smith et al.1)により36のHEV subtypeの参照配列が更新された。そこで, 今までに日本で得られた完全長HEV塩基配列(準完全長含む)について, 参照配列との比較からHEV subtypeの検討を行った。対象と方法はGenBankとViPRから得られた810配列と自験例201配列(公開予定日2022年1月5日)の計1,011配列を用いてMEGA7で系統樹解析を行った。
要 旨
完全長HEV塩基配列による系統樹解析では, HEV subtypeの地理的分布がみられる(図1)。その中で, 日本で検出されたHEV subtypeは3a, 3b, 3e, 3k, 4c, 4g, 4iと5a, 6aが分離されている。海外渡航歴を有した患者のHEV subtypeは1f, 1g, 3c, 3f, 4a, 4b, 4d, 4h, 4iが確認されている。都道府県別のHEV subtypeをみると(図2), HEV-3bは広域に, HEV-4cは主に北海道, HEV-4iは東海地方に分布されていた。
1. HEV-1a-g
(1a,1b,1c)Burma:かつて, ミャンマー, パキスタン, インド, 中国等で流行を起こしたHEV株。(1d, 1e)T3:モロッコ, チャド, ナイジェリア 。(1f)IND-HEV-AVH5-2010:India。ネパール, インドへの渡航歴の有る日本人の患者から4株が分離された。(1g)MNE15-0722):Mongolia。2014年ネパールで約7,000人が罹患した流行があり3), このネパール流行株のclusterの中にはインドへの渡航歴の有る日本人4), モンゴル, 英国, フランスの患者から分離された4株も入り, 相互に99.4%以上の塩基配列一致度を示し, 1gの同一系統株であることが示唆された。
2. HEV-2a-b
(2a)Mex-14:Mexico。(2b):2017年ナイジェリアで流行。
3. HEV-3a-m, ra
(3a)Meng:USA。多くの国で分離されている。北海道の患者JKN-Sap5)とブタswJB-M86)から分離。(3b) JRA17):Japan。E型肝炎は輸入感染症と考えられていたが, 2001年に海外渡航歴の無いE型急性肝炎患者の血清中から日本土着のJRA1株とブタからのswJ570株8)が分離されて以来, 研究が拡大し, 全国でE型肝炎症例が多数報告された。E型肝炎が人獣共通感染症であることの証明9,10), イノシシ11)とマングースから分離12), JIO cluster13), 細胞培養系の株14)はすべて3bである。(3c, 3h, 3i, 3l, 3m):主にヨーロッパ。ドイツへの渡航歴の有る患者から3cが分離された。(3e)swJ8-515):北海道株。ヒト, ブタ, サル16), イノシシ17)から分離され, 3eが日本の土着株として確認された。(3f)E116-YKH98C:タイへの渡航歴有の株。主にヨーロッパ。日本では宅配便で入手した豚肝臓を摂取しての3fによる感染例が認められたが18), 現時点では国内のブタやイノシシからは分離されていない。また, スペインへの渡航歴を有した患者から3fが分離されている19)。(3g)Osh-205:Kyrgyzstan。(3k)E088-STM04C:埼玉県, 神奈川県, 秋田県20)で分離された患者間の株は, 相互に96.3%以上の一致度を示した。日本の豚肝臓からも分離されている(G3-HEV83-2-27)。(3ra)GDC9:China。Rabbit。(3)swHE1606845 21)。
4. HEV-4a-i
(4a)JKO-ChiSai98C22):中国西安への渡航歴有の株。(4b)swDQ:China。中国とベトナムへの渡航歴有の4株と渡航歴無しの3株が分離されている。(4c)JAK-Sai5):Japan。重症化例が多数報告されている。4cは3つのsubcladeに分類ができる。(4c-1):JAK-Sai系統。(4c-2):北海道の患者HE-JA1とブタから分離され23), この系統は北海道, 茨城県, 栃木県, 新潟県, 鳥取県と, 広域に分布していた24)。(4c-3):“Sapporo strain”と“Kitami/Abashiri strain”の系統に分かれ, 少しずつ変異しつつ長期にわたり感染が続いており, 14年間に得たSapporo strainのclusterの変異速度は約1.6×10-3 base substitutions per site per yearであった。現在もどこかの養豚場でSapporo strainとKitami/Abashiri strainの系統が継代され続けている可能性があり, 感染防止対策を講じる必要がある。市販の豚肝臓からのHEV検出25)と輸血感染例26)が報告されている。(4d)T1:China。渡航歴有りと無しの患者から1例ずつが分離された。(4e)IND-SW-00-01:India。(4f)HE-JA227):北海道。(4g)CCC220:山口県の患者(山口県で狩猟された猪肉を生食)から分離したJTF-Yamagu11株28)は中国長春のCCC220株29)と近似しており, 北海道の2株との間では91.5-91.7%の相同性を示した。また, 山口県のイノシシとシカからHEV-4が分離されている30)。(4h)CHN-XJ-SW13:新疆ウイグル。中国への渡航歴有の1例が分離された。(4i)E067-SIJ05C:上海への渡航歴有の株。東海地方にかけて生息するイノシシを感染源とするHEV-4iの“Tokai strain”が広く蔓延しており, 周辺では猪肉や内臓摂食後のE型肝炎発症例が報告された31-34)。この東海地方でのイノシシと患者間の相同性は97.6-99.9%であった。4iによる感染拡大が続くことが懸念される。(4)E087-SAP04C:上海渡航歴有の株。
5. HEV-5a
JBOAR135-Shiz0935):静岡県浜松市天竜区のイノシシから分離。
6. HEV-6a
wbJOY_0636):岡山県のイノシシから分離。
7. HEV-7a
178C:UAE。Camel
8. HEV-8a
12XJ:China。Camel
謝辞:検体をご提供いただきました先生各位に深謝申し上げます。
参考文献
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