国立感染症研究所

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沖縄県におけるトキソプラズマ症の現状

(IASR Vol. 43 p52-53: 2022年3月号)

 

 沖縄県ではブタのトキソプラズマ症が毎年発生1)し, 家畜の伝染病としてよく知られている。全国の届出数のほぼ100%を本県が占めている1)。発生は主にと畜検査における報告2)であり, 特徴的な内臓の肉眼所見は, 肝臓の白色結節および点状出血, 腸間膜リンパ節の腫大および出血である。また, 本県では食用のためのヤギの飼養が盛んであるが, 2008~2009年にと畜場に搬入されたヤギの抗体陽性率は50%を超えており, 抗体陽性を示した個体からはトキソプラズマ原虫Toxoplasma gondiiが分離されている3)。さらに, 県内のヤギ飼育農場において外部導入した初産ヤギの本症による流産も報告されている4)。全国的にもトキソプラズマ抗体を保有する家畜が確認されており, 慢性感染家畜の存在は明らかであるものの5), 臨床症状や病理学的所見のある急性期の家畜のトキソプラズマ症が沖縄県で多く発生する要因は不明である。

 このような家畜の感染状況から, 豚肉や山羊肉からヒトの本症への感染が危惧されるが, ヒトのトキソプラズマ症は感染症法における届出対象疾病ではないため, 感染の実態を把握することは難しい。そこで, 県民のT. gondiiによる健康被害について確認するため, 県内の小児科122施設, 産科・婦人科31施設, 眼科64施設に調査票を送付し, 2005~2014年にトキソプラズマ症と診断された症例数について調査した。調査票の回収率はそれぞれ64.7%, 58.1%, 58.1%であった。10年間にトキソプラズマ症と診断された症例数は, 小児科6例, 産科・産婦人科2例, 眼科207例であり, 県民にT. gondiiによる健康被害が発生していることが判明した。

 次に, 感染状況を確認するため抗体保有調査を実施した。2009~2013年に県内医療機関, 住民健診等で採取された血清1,600検体の抗体検査の結果, すべての年齢階級で陽性を示す検体が確認され, 合計で207検体, 陽性率は12.9%であった。性別で比較すると, 男性18.3%(115/629), 女性9.5%(92/971)であり, 男性の陽性率が有意に高い結果となった(p<0.05)。年齢階級別で男女差が認められたのは, 40代, 50代, 60代であった(p<0.05)()。また, 抗体保有調査の血液採取時に, 感染経路推定のため, 成人を対象に喫食歴や生活習慣についてアンケート調査を行い, 回答が得られた417人(男性139人, 女性278人)から感染リスクの抽出を試みたところ, 「山羊肉の生食」, 「畑仕事やガーデニング」, 「井戸水や川の水を煮沸せずに飲む」で抗体保有と優位な関連があった。一方で「ネコの飼育歴」には優位な関連は認められなかった。以上より, 県民は食肉中の組織シストと土壌や環境水中に存在するオーシストの両者からT. gondiiに感染しているものと考えられた。

 終宿主であるネコがT. gondiiに初感染した時には, オーシストが糞便とともに環境へ排出されることから, ワンヘルスの観点からもネコの感染状況を明らかにし, トキソプラズマの感染環を把握することは重要である。2011~2013年の野外で生活するネコの抗体保有調査での抗体陽性率は26.9%であった。その際, 離島を含む多くの市町村で抗体を保有するネコが存在することが確認され, T. gondiiは県下に広く存在していることが判明している6)。この結果はT. gondiiとヒトや家畜の接触の機会があることを示しており, 上述の家畜やヒトの抗体保有率や, ヒトの症例数に関連している可能性があると考えられ, 感染環はアクティブであると推察される。

 本症への感染リスクを低減させるためには, 終宿主, 中間宿主それぞれの対策を講じT. gondiiの生活環のどこかでサイクルを断つことが必要である。一度環境中に排出されたオーシストの不活化は非常に困難であることから, まずはネコの新規感染を防ぎ, オーシストを排出させないことが重要となる。そして, 家畜への主たる感染源は飼養環境中のオーシストであると想定されていることから5-7), 農場内ではネコは飼養せず, さらに侵入させないことが対策の1つとなると考えられる7)。またヒトについては, T. gondiiは目視では確認できず, 食事や畑仕事等の際に見つけることはできないことから, 食肉は十分に加熱して食べること, 作業の後の手洗いを確実に行うこと, などが対策として有効である。

 

参考文献
  1. 農林水産省, 監視伝染病の発生状況
    https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/kansi_densen/kansi_densen.html(閲覧日2021/12/22)
  2. 厚生労働省, 食肉検査等情報還元調査
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/113-1.html(閲覧日2021/12/22)
  3. Kyan H, et al., Jpn J Infect Dis 65(2): 167-170, 2012
  4. 荒木美穂ら, 沖縄県家畜衛生試験場年報 第47号, 2011年度(平成23年度)
    https://www.pref.okinawa.jp/site/norin/eiseishiken/9425.html(閲覧日2022/1/21)
  5. 松尾加代子ら, Jpn J Vet Parasitol 14(2): 93-96, 2015
  6. Kyan H, et al., J Vet Med Sci 83(8): 1303-1305, 2021 
  7. 農林水産省, 飼養管理基準について
    https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/katiku_yobo/k_shiyou/(閲覧日2022/1/21)

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