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SARS-CoV-2流行発生前後の呼吸器感染症入院患児におけるウイルス検出状況の変化

(IASR Vol. 43 p88-90: 2022年4月号)

 
背 景

 呼吸器感染症は, 小児が入院する最も一般的な原因の1つである。呼吸器ウイルス感染症は, 主にヒトからヒトへの飛沫や接触によって感染する。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック後, SARS-CoV-2に対する感染予防対策の徹底により, 小児における呼吸器ウイルスの流行にも大きな影響を与えた1-3)。しかし, 日本におけるSARS-CoV-2流行前後の入院小児から検出される呼吸器ウイルス検出割合の変化は明らかではない。我々は, SARS-CoV-2流行後の感染予防対策の影響による呼吸器感染症の流行動態の変化を明らかにするため, 2018年1月~2021年12月にかけて, 単一施設の呼吸器症状を呈した入院患児のウイルス検出状況の推移を検討した。

研究方法

 本研究は, 2017年9月~2021年12月の間に福島県内の単一の二次医療機関の協力のもと実施した。研究期間中, 入院時に呼吸器症状を呈した15歳未満のすべての小児から, COPAN社製の液体培地+鼻咽頭用スワブセットを用い, 鼻腔咽頭スワブを採取し, ウイルス検出に使用するまで−80℃で凍結保存した。各臨床検体から核酸精製後, 既報, および新たに設計したプライマー, プローブを用い, 既報の反応条件を参考に以下の18種類のウイルスをリアルタイムPCR法にて検出した。RSウイルス(respiratory syncytial virus: RSV)-A4), -B4), インフルエンザウイルス(influenza virus: Flu)-A5), -B5), -C5), ヒトコロナウイルス(human coronavirus: HCoV)-229E6), -HKU1(表1), -NL636), -OC436), ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus: HMPV)7), ヒトパラインフルエンザウイルス(human parainfluenza: HPIV)-16), -26), -36), -48), ヒトライノウイルス(human rhinovirus: HRV)9), ヒトアデノウイルス(human adenovirus: HAdV)-210), -410), ならびにヒトボカウイルス(human bocavirus: HBoV)11)。SARS-CoV-2に感染した小児およびSARS-CoV-2と接触した小児は本研究から除外した。

結 果

 研究期間中に気道症状を呈した入院患児は1,165人であり, 月齢の中央値は18か月(四分位範囲10-37か月), ウイルスを同定できた検体は75.3%であった。1カ月当たりの気道症状を呈した入院患児が最も少ない年は2020年の14.9人/月で, 入院患者数が最も多い2019年の32.1人/月の半分以下であった。さらにSARS-CoV-2の流行が始まった2020年のウイルス検出率(66.5%, 119/179)とウイルスの重複検出率(16.2%, 29/179)も他の年と比較して低かった(表2)。

 流行状況については, 2020年4月以降各ウイルスの検出数は大幅に減少した。特に2020年4月~2021年4月までRSVとHPIV, HMPV, Fluはほとんど検出されなかった。RSVとHPIVは2021年夏に再流行し, 入院数も増加したが, HMPVとFluは2021年12月までほとんど検出されなかった。その一方でHRV, HAdV, HBoVの検出数は減ったものの, 2020年4月~2021年4月にも一定数が検出された()。

考 察

 本研究では, SARS-CoV-2流行後の呼吸器感染をともなった入院患児の減少と, 呼吸器ウイルスの流行動向の変化を明らかにした。2020年4月にSARS-CoV-2流行抑制のために緊急事態宣言が出され, 休校や在宅勤務の推奨などにより, ヒト同士の接触が大幅に減少した。幼稚園や保育園は休園しなかったが, 小児科の外来受診者数は著しく減少した3)。さらに換気やアルコール消毒などの感染防止対策の徹底や, 軽い感冒症状があった場合には登園を控えるなどの行動意識の変化により児の感染機会が減少し, 非SARS-CoV-2呼吸器ウイルスの重複感染減少に影響したと考えられる。呼吸器感染症だけではなく, SARS-CoV-2流行以後に感染性胃腸炎の流行も抑制されたことが報告されている1)

 本研究期間中の2021年5月以降にRSVとHPIVが再流行した。これらのウイルスの再流行は, 地域社会における行動の緩和と集団の感受性の蓄積が要因と考えられる12)。そのため, 2020年4月以後ほとんど検出されなかったHMPVやFluについても, これから再流行する可能性があり, 注意が必要である。一方, HRV, HAdV, HBoVも検出数は減少したが, SARS-CoV-2の流行後も一定数が検出された。SARS-CoV-2流行後にHRV検出数が増加したことについては他地域からも報告されている13)。これらのウイルスはノンエンベロープ型であり, アルコールに対する感受性が低いため, 他のエンベロープウイルスよりも予防効果が低かったと考えられる14)。さらにHRV感染症についてはサージカルマスクの予防効果が, FluとHCoVよりも低いことが報告されている15)

 以上のようにSARS-CoV-2パンデミック発生後, 呼吸器症状を呈する小児入院患者数は減少し, エンベロープの有無など各ウイルスの特性もあり, その検出状況は変化した。2020年4月以後ほとんど検出されていないHMPVやFluも含め, 今後も福島県の呼吸器ウイルス感染症の疫学調査を注視していく必要がある。

 

参考文献
  1. Fukuda Y, et al., J Infect Chemother 27: 1639-1647, 2021
  2. Groves HE, et al., Lancet Reg Health Am 1: 100015, 2021
  3. Shichijo K, et al., PLOS ONE 16: e0258478, 2021
  4. Wang L, et al., J Virol Methods 271: 113676, 2019
  5. 国立感染研究所, インフルエンザ診断マニュアル(第4版)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/influenza20190116.pdf
  6. Kaida A, et al., Jpn J Infect Dis 67: 469-475, 2014
  7. Kaida A, et al., Jpn J Infect Dis 61: 461-464, 2008
  8. Van De Pol AC, et al., J Clin Microbiol 45: 2260-2262, 2007
  9. Do DH, et al., J Mol Diagnostics 12: 102-108, 2010
  10. Wong S, et al., J Med Virol 80: 856-865, 2008
  11. Kaida A, et al., 54: 276-281, 2010
  12. Saravanos GL, et al., Pediatrics 149: e2021053537, 2022
  13. Takashita E, et al., Influenza Other Respir Viruses 15: 488-494, 2021
  14. Savolainen-Kopra C, et al., J Med Virol 84: 543-547, 2012
  15. Leung NHL et al., Nat Med 26: 676-680, 2020

福島県立医科大学小児科学講座         
 久米庸平 橋本浩一 細矢光亮 

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