国立感染症研究所

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RSウイルスワクチン開発の現状(2022年)

(IASR Vol. 43 p94-95: 2022年4月号)

 
背 景

 本誌2018年12月号に寄稿したように, 2015年当時, 世界保健機関(WHO)は近い将来のRSウイルスワクチン承認に備え, ワクチン効果を測るためのグローバルサーベイランス整備に関する議論を始めた1)。しかし2022年に至ってもRSウイルス感染症に対して認可されたワクチンはない。

RSウイルスワクチン開発の現状

 グローバルサーベイランスの議論が開始された当時, 最有力であったのはノババックス社の母子免疫用ワクチン(ResVax)であった。妊娠28~36週の妊婦にワクチンを接種し, 移行抗体および授乳を通して乳幼児のRSウイルス感染症を防ぐことを目的としていた。本ワクチンはバキュロウイルス発現系とsf9細胞を用いて, 構造変化を抑制する変異を導入し, pre-fusion formを保ったfusion(F)タンパク質を発現させ, ポリソルベート80を核として3量体で周囲を覆ったものである。いわゆるサブユニットワクチンであるが, 粒子サイズが40-60nmであり, ノババックス社ではナノパーティクルワクチンと呼称している2)。第Ⅲ相試験では4,600名ほどの登録された妊婦の間で試験が行われたが, ワクチン効果は下気道感染については39.4%, 低酸素症をともなう下気道感染については48.3%, 下気道感染による入院については44.4%であり, 成功基準(60%)を満たさなかった3)。本試験で用いられたワクチンにはアルミニウムアジュバントが用いられていた。一方で, 昨今承認された同社の新型コロナワクチン(NVX-CoV2373, 商品名Nuvaxovidヌバキソビッド)4)および第Ⅲ相試験中の高齢者用のインフルエンザワクチン(Nano-Flu)5)では, Matrix-M6)というサポニン由来のアジュバントが使用されており, 両者の混合ワクチンについても第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験が進められている。RSウイルスでもMatrix-Mを用いた高齢者用ワクチンで第Ⅱ相試験が行われており, アジュバントや容量を変更したワクチンを用いた試験が改めて進められている。

 現在のRSウイルスワクチンの開発状況については, 非営利団体のPATHによってまとめられている7)。グラクソスミスクライン(GSK)社〔GSK3844766A(高齢者用)/GSK3888550A(母子免疫用)〕, ファイザー社〔RSVpreF(高齢者用/母子免疫用)〕のサブユニットワクチン, およびヤンセンファーマ社〔Ad26.RSV.preF(高齢者用)〕のアデノウイルスベクターワクチンが第Ⅲ相試験に入っている。これらのワクチンはいずれもpre-fusion formのFタンパク質を抗原としており, 2022年中に第Ⅲ相試験の結果が得られるといわれている。GSK社のワクチンはチャイニーズハムスターのCHO細胞で作製される。また国内ですでに承認済みである帯状疱疹ワクチン(シングリックス)と同剤型であり, 同じくAS018)をアジュバントとしている。ヤンセンファーマ社のアデノウイルスベクターワクチンは海外で緊急使用許可されている新型コロナワクチン(国内では承認申請中)と同剤型であり, ヒトアデノウイルス26をベクターとして用いている。同ベクターはアデノウイルスの複製に必要な初期タンパク質であるE1およびE3領域の一部を欠損させ, これらのタンパク質が外部から供給されない限りは複製できない。したがってアデノウイルスでトランスフォームしている細胞を用いることが必要で, 本ワクチンではアデノウイルス5型(Ad5)のE1領域でトランスフォームしているPer.C6細胞が用いられる。そのためベクター上のE4-6遺伝子をAd5型へ入れ替えている。これらのうち国内で臨床試験が進行しているものもあり, 進展が待たれる。

 RSウイルスに対するワクチン開発の遅れの原因として, 開発ガイドラインの不備が挙げられており, WHOにおいて品質管理方法, 前臨床試験, 臨床試験における評価項目を網羅した開発ガイドラインについて議論が進められ, WHO Technical Report Series 1024号に掲載された9)(当職も制定に参加している)。一方で, ガイドライン制定時には当時開発中のすべての剤型(生・不活化, サブユニット, ベクターワクチンなど)が網羅されていたが, 核酸ワクチンは想定されていなかった。現在, モデルナの高齢者用mRNAワクチン(mRNA-1345)が臨床試験に入っている。これらの新規剤型についてのガイドラインは改訂時に議論して追加していくとされている。さらに開発中のワクチン効果, 主に誘導された中和抗体価の測定値を異なる試験でも比較できるようにするために, 国際単位表示の標準抗血清(16-284)も制定された。本抗血清はNational Institute for Biological Standards and Control(NIBSC)から分与されている(https://www.nibsc.org/products/brm_product_catalogue/detail_page.aspx?catid=16/284)。抗原などのさらなる標準品の必要性について議論するため, WHOによって2020年3月に会議が計画されていたが, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の発生により延期され, 開催されずに今に至っている。

 開発ガイドライン制定時, 特にベクターワクチンなどの新規剤型については慎重な議論が出ていたが, 新型コロナワクチンとして核酸ワクチン, ベクターワクチンと, 新たな剤型のワクチンが次々と承認され, RSウイルスワクチン開発にとっても追い風となっている。一方で, 現在臨床試験が進行しているものは試験が設定しやすい高齢者用が多く, 小児用ワクチンの開発が進んでいないことは問題である。現在承認されているパリビズマブが唯一予防的に使用されているのみであるが, モノクローナル抗体製剤パリビズマブについては, 半減期延長型の改良型であるアストラゼネカ&サノフィ社のMEDI8897(nirsevimabニルセビマブ)の臨床試験が進んでおり, 承認が待望されている。

 

参考文献
  1. World Health Organization(WHO), Global Influenza Programme(GIP)2015, WHO Informal Consultation on Surveillance of RSV on the Global Influenza Surveillance and Response System(GISRS)Platform, Meeting report
    https://www.who.int/publications/i/item/who-informal-consultation-on-surveillance-of-rsv-on-the-global-influenza-surveillance-and-response-system-(gisrs)-platform (accessed 27 January 2022)
  2. Gilbert BE, et al., Vaccine 36: 8069-8078, 2018
  3. Madhi SA, et al., N Engl J Med 383: 426-439, 2020
  4. Heath PT, et al., N Engl J Med 385: 1172-1183, 2021
  5. Shinde V, et al., Lancet Infect Dis 22: 73-84, 2022
  6. Magnusson SE, et al., Immunol Res 66: 224-233, 2018
  7. PATH, RSV Vaccine and mAb Snapshot, September 2021
    https://www.path.org/resources/rsv-vaccine-and-mab-snapshot/ (accessed 25 January 2022)
  8. Didierlaurent AM, et al., Expert Rev Vaccines 16: 55-63, 2017
  9. World Health Organization(WHO), Guidelines on the quality, safety and efficacy of respiratory syncytial virus vaccines, Annex 2, TRS No 1024, 2020
    https://www.who.int/publications/m/item/respiratory-syncytial-virus-vaccines-annex-2-trs-no-1024(accessed 24 January 2022)

国立感染症研究所ウイルス第三部第五室
 白戸憲也

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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