東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会期間中の国立感染症研究所Emergency Operations Center(EOC)での部門横断的な活動について
(IASR Vol. 43 p161-163: 2022年7月号)
背景と目的
Emergency Operations Center (EOC)とは, 緊急事態管理に必要な情報を集約し共有するとともに, 人的・物的資源の調整を行う場所である。公衆衛生EOCは, 公衆衛生危機対応に必要な, マネジメントを含めたいくつかの必須機能を有する体系化されたシステム(Incident Management System:IMS)によって運用される1)。今回, 国立感染症研究所(感染研)では, 国および地方自治体における東京2020大会*に関連した感染症による健康危機への迅速かつ包括的な対応と対策の支援を目的として, 2021年7月1日~9月19日(大会前後約2週間と大会期間中)までに部門横断的な事態管理システムを立ち上げた。感染研内に新規に設置されたEOCで関係部門が一同に会して行った活動について報告し, 今後の公衆衛生危機対応の際の事態管理システム運用の一助とする。
実際の活動について
東京2020大会期間中とその前後に, EOCにおいて, 東京2020大会に関連した感染症発生情報を集約し, 迅速な分析, 評価を行うとともに, 感染研内および関係機関の円滑な情報共有を支援した。関係機関との適時の情報共有のため, Web会議システムを活用し, 定例および臨時の会議を行った。また, 自治体の要請に基づき実地疫学研究センター/実地疫学専門家養成コース(FETP)を中心としたチームを現地に派遣し, 対策支援を行った。EOC運営については, 標準業務手順を整備し, 適宜アップデートを行った。毎日2回の定時ミーティングを行い, 感染研内での情報共有と意志統一を徹底した。また, 定期的に業務に関する記録と振り返りを実施した。EOCには, 感染研内の複数の専門部門から人員が動員(またはローテーション)され, 機能ごとにグループ化・体系化されたシステムの中で活動を行った(図)。感染症危機管理研究センターは, 事態管理システムのマネジメント機能を担い, システム全体の統括と運営方針の決定, 感染研としての方針決定が必要な際の意見集約と感染研内の意思決定者への提言を行った。また, 感染研外機関とのコミュニケーションの窓口等の役割を担った。マネジメント機能の下に大きな機能別の3つのグループが設置され, その中でメンバーは特定の機能を持つさらに細分化された複数のチームに分かれ活動した。
①サーベイランスとアセスメントグループ
Event-based surveillance (EBS)チームは, 実地疫学研究センター/FETPが中心となり, 国内, 海外のメディア情報〔海外メディア情報収集については世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局危機管理部門の支援を得て収集〕, 厚生労働省(厚労省), 自治体, 東京2020組織委員会*を含めた関係機関から共有された情報, 疑似症サーベイランス等を基に, 潜在的に大会に関連もしくは影響がある事例についてモニタリングし, 適時リスク評価を実施した。Indicator-based surveillance (IBS)チームは, 感染症疫学センターが中心となり, 新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)情報を基本に, 東京2020大会に関連した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)症例の情報を集約し, マスターリストを作成, 適時の分析を行った。また, 常時, 東京2020大会会場のある地域におけるCOVID-19発生動向と人流についてまとめ, ダッシュボード化して必要な情報が視覚的に得られるようにEOCのメンバーへ提供することでリスク評価の支援を行った。さらに, EOCでCOVID-19事例のデータマネジメントを行い現地派遣チームの活動を支援した。さらに, COVID-19以外の感染症(特に, サーベイランス強化疾患:麻しん, 風しん, 侵襲性髄膜炎菌感染症, 中東呼吸器症候群, 腸管出血性大腸菌感染症)についても, その発生動向についてモニタリングを行った。
これらの活動を基に作成した東京2020大会に関する感染症の発生状況についての日報は, 厚労省を通じて関係機関に共有された。なお, COVID-19およびサーベイランス強化疾患の日ごとのラインリストは, 感染症発生動向調査(NESID)ファイル共有システムを介して自治体と毎日共有された。
②事例発生時対応グループ
現地調査支援チームについては, 実地疫学研究センター/FETPが中心となり, 自治体へのサーベイランスとリスク評価に関する技術的支援, および派遣要請に基づく現地(東京2020保健衛生拠点*等)での東京2020大会関連事例に対する実地疫学調査と対応に関する技術的支援を行った。また, 感染症対策に関する技術的支援の委嘱を受け, 東京2020組織委員会の公衆衛生部門に職員を派遣した。
薬剤耐性菌研究センターを中心とする感染管理チームは, 関係機関へのコンサルテーションに対応するとともに, 現地調査支援時の技術的支援を行った。
分子疫学チームは, 病原体ゲノム解析研究センター, 感染症危機管理研究センター第四室が中心となり, 東京2020大会に関連したCOVID-19症例のウイルスゲノム解析を行った。また, それらの結果は実地疫学研究センター/FETP, 感染症疫学センターを中心に収集された疫学情報とともに集約・解析され, 東京2020大会に関連したCOVID-19事例の全体像と感染の伝播経路の把握に寄与した。
③ロジスティックスグループ
感染症危機管理研究センターが中心となり, EOCにおける施設管理, 人員管理, 記録・文書管理・展開, メディアコミュニケーション, 庶務業務等の運営を行った。EOC名簿と各自の業務内容についての一覧を作成し, 業務分担と内容を可視化した。毎週, グループごとに業務内容等の見直しを行った。会議議事録の作成, クロノロジーの作成, 文書や資料等の管理と内部での共有, 関係機関への日報の共有等を行った。定期的に消耗品の在庫等の確認, 電子機器の点検を実施し, 定期・緊急のオンラインミーティングの際のセッティングを行った。また, 空調や衛生の管理等も担った。
結 論
国際的な大規模イベントに関連した感染症危機対応支援のため, 感染研で初めて部門横断的な事態管理システムを立ち上げ, 関係者がEOCで一同に会して業務を行った。意思決定プロセスが明確化され, 部門横断的な業務を迅速かつ円滑に実施することができた。特にロジスティクスは, 技術的業務をより円滑に実施するために重要であると考えられた。東京2020大会における事態管理システムの運用については, 大会期間が事前に分かっていたため, システム立ち上げに際し比較的時間的な余裕があったが, 突発的な有事の際は迅速にシステムを立ち上げる必要があり, 立ち上げの基準とその手順について明確化し, 感染研内関係者で一定の同意を得ておくことが重要と考えられた。
謝辞:東京2020大会にかかわる感染症対策・対応にご尽力された自治体・関係機関の皆様に深謝申し上げます。
*各記事中の大会, 組織等の名称は初出時に「*」を付けて略称で示しています。正式名称および用語の定義は本号の<特集関連資料>を参照ください。
参考文献
- WHO, Framework for a Public Health Emergency Operations Centre
https://www.who.int/publications/i/item/framework-for-a-public-health-emergency-operations-centre