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変異株の中和抗体薬と抗ウイルス薬の感受性評価

(IASR Vol. 43 p279-280: 2022年12月号)
 
はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスである新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)には変異の蓄積が続いており, 感染・伝播性の増加や抗原性の変化を起こした変異株の発生が認められる。2022年10月において日本国内の感染主流株であるオミクロンBA.5系統はスパイク糖タンパク質に多くの変異を持ち, 武漢株やそれまでの主流株であるオミクロンBA.2系統と比較して感染伝播性の増加と中和抗体からの逃避が報告されている。本稿では変異株の中和抗体薬と抗ウイルス薬の感受性について, これまでに分かっている知見を報告する。

変異株の中和抗体薬感受性評価

 中和抗体はSARS-CoV-2表面のスパイク糖タンパク質へ結合し, ウイルス感染を抑制する。スパイク糖タンパク質は, 受容体結合部位(receptor binding domain: RBD)とN-terminal domain(NTD)から成るS1と, 膜貫通領域を含むS2から構成される3量体タンパク質である。中和活性を持つ抗体の多くはRBDを認識する。いくつかのRBD抗体は中和抗体薬として臨床使用されており, 2022年10月において日本ではロナプリーブ(CasirivimabとImdevimab), ゼビュディ(Sotrovimab), エバシェルド(TixagevimabとCilgavimab)が治療や曝露前予防を目的として特例承認されている。

 変異株ではウイルスゲノムに多数の塩基置換が生じており, スパイク糖タンパク質に多くのアミノ酸置換や欠失がみられる。オミクロンのいくつかのアミノ酸置換場所はこれら中和抗体薬のエピトープ部位もしくはその近傍に位置しており, Casirivimab, Imdevimab, Sotrovimab, Tixagevimab, CilgavimabいずれもオミクロンBA.1, BA.2, BA.4, BA.5系統に対し, 試験管内で評価されるウイルス中和効果が減弱することが報告されている1,2)。日本で未承認のBebtelovimabはオミクロンBA.1, BA.2, BA.4, BA.5, BA.2.75亜系統に対して中和活性を保持しているものの, 一部の国で検出数が増加している新しいオミクロン系統(XBB, BQ.1.1等)に対しては中和効果の減弱が確認されている3)。新たな変異株に対しても高い中和活性を維持する抗体医薬の開発が引き続き求められる。

変異株の抗ウイルス薬感受性評価

 本邦では, COVID-19治療の目的で, 上記の中和抗体薬に加えて各3種の抗炎症薬, 抗ウイルス薬が承認されており, 治療用の抗ウイルス薬として, レムデシビル, モルヌピラビルおよびニルマトレルビル/リトナビルが用いられている。レムデシビルは軽症~重症患者を, モルヌピラビルおよびニルマトレルビル/リトナビルはハイリスクの軽症~中等症患者を対象とする。これら抗ウイルス薬は, 中和抗体とは異なり, これまでに報告されているオミクロンBA.1, BA.2, BA.4, BA.5, BA2.75亜系統を含むいずれのSARS-CoV-2の変異株に対しても同等の抗ウイルス効果を示すことが試験管内の実験から示唆されている4-7)

 レムデシビルは, エボラ出血熱の治療薬候補として米国ギリアド・サイエンシズ社により開発されていた注射製剤であり, 核酸アナログのプロドラッグである。RNAウイルス複製に必要なRNA依存性RNAポリメラーゼを阻害することでCOVID-19に対しても効果を示すことが期待され, 特例承認された最初の治療薬である。モルヌピラビルは米国メルク社が開発した経口薬であり, ウイルスRNAに取り込まれた後にRNA複製エラーを誘導し, 抗ウイルス効果を発揮する。動物実験で催奇形性が認められており, 妊婦またはその可能性がある者への投与は禁忌である。ニルマトレルビルは米国ファイザー社が開発した経口抗ウイルス薬であり, ウイルス由来のメインプロテアーゼ(Mpro)を選択的に阻害してウイルスの増殖を抑制する。体内の薬物濃度を維持する目的でリトナビルを同時に服用する。そのため, 薬物相互作用の観点から併用注意・禁忌の薬剤が多く, 飲み合わせに十分な注意が必要である。

 これら治療薬の薬剤耐性について, 現時点では, 変異株に特有のアミノ酸変異に由来するものは報告されていないが, 薬効が減弱する可能性を示すアミノ酸変異に関する知見がある8,9)。レムデシビル治療後に再燃した免疫不全症患者において, 治療後のウイルスゲノム変異としてnsp12領域の802番目のアミノ酸変異が特定された10)。また, 腎移植後に免疫抑制剤を投薬され, その後ウイルスに感染した2症例の患者においてレムデシビル耐性が認められ, nsp12領域の792番目のアミノ酸変異が特定された11)。これらの変異はレムデシビルの試験管内抗ウイルス効果を減弱させることが報告されている9)。一方, モルヌピラビルは, これまでに投与後患者から薬剤耐性に関連する変異は見つかっておらず, 実験室での耐性変異誘導の報告もない。ニルマトレルビルについては, 試験管内の実験で抗ウイルス活性を低下させるMproのアミノ酸変異が報告されている12-15)

 

参考文献
  1. Cao Y, et al., Nature 608: 593-602, 2022
  2. Wang Q, et al., Nature 608: 603-608, 2022
  3. Cao Y, et al., bioRxiv, 2022
    https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2022.09.15.507787v3
  4. Takashita E, et al., N Engl J Med 387(13): 1236-1238, 2022
  5. Takashita E, et al., N Engl J Med 387(5):468-470, 2022
  6. Ohashi H, et al., Antivir Res 205: 105372, 2022
  7. Takashita E, et al., N Engl J Med 386(15): 1475-1477, 2022
  8. ベルクリー点滴静注用100mg添付文書, ギリアド・サイエンシズ, 第7版(2022.8)
  9. Focosi D, et al., Antivir Res 198: 105247, 2022
  10. Gamdhi S, et al., Nat Commun 13(1): 1547, 2022
  11. Hogan JI, et al., Clin Infect Dis, 2022
    https://doi.org/10.1093/cid/ciac769
  12. Heilmann E, et al., Sci Transl Med, 2022
    https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.abq7360
  13. パキロビッドパック添付文書, ファイザー, 第4版(2022.9)
  14. Iketani S, et al., bioRxiv, 2022
    https://doi.org/10.1101/2022.08.07.499047
  15. Hu Y, et al., bioRxiv, 2022
    https://doi.org/10.1101/2022.06.28.497978

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