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イスラエル, 英国, 米国, カナダにおける伝播型ワクチン由来ポリオウイルスの伝播: 最近の文献からの知見

(IASR Vol. 44 p115-116: 2023年8月号)
 
背 景

1988年, 世界保健機関(WHO)は世界ポリオ根絶計画The Global Polio Eradication Initiative(GPEI)を開始し, ポリオ根絶に向けた取り組みを強化し, これにより世界の野生株ポリオウイルス(WPV)感染者は99.9%以上減少した1)。日本では, 1981年以降WPV感染例の報告はなく, 日本を含む西太平洋地域においては1997年のカンボジアでの症例が最後であり, WHOは2000年にWPVの根絶宣言をした。また, WHOはアメリカ大陸地域では1994年に, ヨーロッパ地域では2002年にWPVの根絶宣言をした。これまで, 3つの血清型のうち, 2型と3型のWPV(WPV2, WPV3)は根絶されたが, 1型WPV(WPV1)はアフガニスタンとパキスタンで継続してヒトおよび環境水から検出されており, 2021~2022年にはマラウイや隣国のモザンビークで, 2019年に検出されたパキスタンの株と遺伝子的に関連のあるWPV1による急性弛緩性麻痺(AFP)の症例が報告された2)。さらには, 経口生ポリオワクチン(OPV)に含まれるワクチン株(Sabin株)ポリオウイルスに変異が蓄積し病原性が復帰した, 伝播型(circulating)ワクチン由来ポリオウイルス(cVDPV)の出現が世界的な問題となっている。WHOは加盟国に対し, ポリオウイルスの監視および根絶状態の維持を確認する目的で, AFPサーベイランスや環境水サーベイランスを実施するよう求めている。日本では, 環境水サーベイランスが感染症流行予測調査事業として2013年より開始され(IASR 37: 27-29, 2016), AFPは2018年5月から感染症発生動向調査の5類感染症全数把握疾患となっている。

ポリオ根絶を達成した国におけるワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)の伝播

2022年, ポリオ根絶を既に達成した複数の国の環境水サーベイランスで, 2型ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV2)が相次いで検出された。また, 米国ニューヨーク州ではVDPV2によるAFPの症例が報告された。これら複数の国で検出されたVDPV2は, のちに遺伝子的に関連していることが判明し, 伝播型2型ワクチン由来ポリオウイルス(cVDPV2)に分類された3)IASR 43: 263-264, 2022)。以下に時系列にしたがって各事例について簡潔に述べる。

イスラエル: エルサレム地区では, 2022年2月にワクチン未接種の3歳児がAFPを発症し, 伝播型3型ワクチン由来ポリオウイルス(cVDPV3)が検出されたことを契機に, 当該地区やその他の地域で環境水サンプリングの頻度と場所を増やしていたところ, 2022年4~7月に同地区の3地域において, VDPV2の検出とその増加を認めた4)

英国: 2022年2月以降, 2型ポリオウイルスが環境水から継続的に検出されていた。同5月24日, 31日に検出されたウイルスについては, 遺伝子変異の数によりVDPV2と判断された。その後2カ月以上を経て, 同様の特徴をもつウイルスが検出されたことで, これらは8月8日にcVDPV2に分類された。なおその後, VDPV2によるAFP症例の報告はなかった3)

米国: 2022年4~8月の間に, ニューヨーク州ロックランド郡とその近隣で採取された環境水からVDPV2が継続的に検出されていた3)。同年7月, ニューヨーク州保健局(NYSDOH)は, 免疫機能が正常なワクチン未接種者で, 海外渡航歴のないVDPV2感染者を報告し5), これは米国内における感染者として1979年以来の症例となった6)。なお, 米国においてOPVは2000年以降使用されていない6)。この事例は次項で詳述する。

カナダ: VDPV2が検出されたニューヨーク州およびその周辺地域のコミュニティとの密接なつながりを考慮して決定された環境水サーベイランス地点より, 2022年8月に採取した2つの検体からVDPV2が検出された7)

米国におけるポリオ脊髄炎症例と公衆衛生対応
3,5)

2022年7月18日, NYSDOHは, ニューヨーク州ロックランド郡のワクチン未接種, 免疫機能正常の若年成人で, AFPを発症した患者の便検体からVDPV2が検出されたと報告した。この患者の症状は, 発熱, 項部硬直, 消化器症状, 四肢の脱力であったことから, 急性弛緩性脊髄炎(AFM)が疑われ入院した。発症後11日目と12日目に採取した便からVDPV2が検出された。また, 後方視的に患者の居住するロックランド郡および隣接するオレンジ郡の環境水を調べたところ, 症状発現の25日前および41日後のサンプルから, 患者から検出されたVDPV2と遺伝子的に関連する2型ポリオウイルスが検出された()。これらのウイルスはのちにcVDPV2として分類された。ポリオウイルス陽性検体の通知を受けて, 米国疾病予防管理センター(CDC), NYSDOHおよび地元の公衆衛生当局は, ニューヨーク州および近隣州の環境の検査, 患者のコミュニティでのワクチン接種率を評価し, ニューヨーク州のロックランド郡とオレンジ郡でポリオの予防接種を支援し, 接種率を高めるための活動を開始した。2022年9月には, ニューヨーク州ではポリオによる州災害緊急事態が宣言され, 薬剤師などの医療従事者が追加でポリオワクチンを接種できるようになった。また, 米国全体でAFMのサーベイランスが実施された。なお, ニューヨーク州では, その後もcVDPV2が散発的に環境水から検出されたが, 2023年3月以降は検出されていない(2023年8月時点)8)

まとめ

これらの事例で示された, 地理的に離れた複数の国でのVDPV2感染伝播とcVDPVの検出は, 一般的にはワクチン接種率が高いと考えられるポリオ根絶国においてもVDPV2が出現し, 潜在的に伝播し得ることを意味する。昨今の世界規模での人流の増加, 拡大を考慮すると, あらゆる国や地域にポリオウイルスが継続的に伝播するリスクがある。こうした状況を受け, WHOの第34回国際保健規則(IHR)緊急委員会では, リスクの高い集団が存在する地域での環境水サーベイランスを含む, 感度の良いポリオウイルスサーベイランスの重要性を強調した。また, すべての加盟国に対し, 移民, 難民などの流動的な集団, ワクチン未接種または不十分な集団などのポリオウイルスが伝播するリスクの高い集団が存在する場所では, ポリオウイルスサーベイランスを強化するための措置を取るよう促した9)。慢性的に定期予防接種率が低い地域では, 必要に応じて不活化ポリオワクチン(IPV)を併用した二価OPV(bOPV)による補足的予防接種活動(SIA)を実施できるよう, 継続的な国際的支援が必要である1)。日本においても, AFPサーベイランス, 環境水サーベイランスの継続とともに, 定期予防接種の接種率を高く維持することが重要である。

 

参考文献
国立感染症研究所         
 実地疫学専門家養成コース(FETP)
  小野貴志           
 実地疫学研究センター      
  島田智恵 砂川富正

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan