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麻疹排除・根絶へ向けた世界と日本の状況

(IASR Vol. 44 p139-140: 2023年9月号)
 
世界の状況(2023年7月現在)

世界保健機関(WHO)は「麻疹排除」を, “適切なサーベイランスシステムが存在するある国, または地域において, 12カ月間以上, 伝播を継続した麻疹ウイルス(国内由来, 国外由来を問わず)が存在しない状態”と定義している1)。また, WHOより麻疹排除認定を受けるには, 「麻疹排除」状態が少なくとも36カ月間以上, 継続していることを示す証拠書類が求められる2)。なお「麻疹根絶」とは, “良好に機能することが確認されているサーベイランスの存在下で, 世界中で麻疹ウイルスの伝播が遮断されている状態”と定義されている2)。2023年現在, WHO 6地域において麻疹排除を達成し, 現在まで維持している地域はない3)〔南北アメリカ大陸地域(AMR)は2016年に地域での麻疹排除を達成したが, コロンビア, ブラジルで麻疹が再興し, AMR全体では麻疹排除状態にない4)〕。

日本が属する西太平洋地域では, 27カ国のうち, 日本, 韓国, オーストラリア, ブルネイ・ダルサラーム, ニュージーランド, シンガポールの6カ国および香港, マカオの2地区において麻疹排除が認定されている。なお, 2016年にモンゴル, 2021年にカンボジアが, 輸入麻疹ウイルスの持続的伝播により排除認定が取り消された5)。モンゴルでは定期接種対象外世代での感受性者間での流行6), カンボジアでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の影響によるワクチン接種率の低下7)などが要因と考えられている。

世界の課題

2020年, 2021年の世界の麻疹報告数は, 93,781件, 59,619件であり, 2019年(541,247件)と比べ1/5以下に減少したが, 2022年以降は増加し, 2023年は7月現在で12万件を超える報告数である3)。ただし, 2020年, 2021年の報告数の減少は, COVID-19流行中の医療機関への受診行動や検査体制等にも影響を受けたと考えられ4,8), 麻疹サーベイランスの質の低下と, それによる麻疹の実態把握が困難となっていることが懸念されている。

麻疹に対する集団免疫の獲得には, 2回のワクチン接種率(接種率)95%以上の達成・維持が必要である。しかし, 2020年の接種率は2010年以降最低水準となった83%に低下し, 2021年はさらに81%に低下した4)

国内の状況

日本は2015年の排除認定後, 排除状態の維持を目標としている9)が, 2021年度の接種率は1回目93.5%, 2回目93.8%と目標接種率である95%に達しておらず, 前年度よりも低下した10)。また, 麻疹届出数は2020年以降年間10例以下で推移していたが, 2023年は7月5日時点ですでに21例で, 20~40代が全体の81%(17例)を占めた11)

2023年4月29日以降, 水際対策の緩和にともない海外から麻疹ウイルスが持ち込まれるリスクが高まっている。最近の麻疹症例は帰国者, 渡航者を発端とするものであり, 2023年第1~26週の届出例では86%が2回のワクチン接種歴がない, または不明の患者であった11,12)。接種率が低下し, 感受性者が国内で増えると, 帰国者, 渡航者を発端とする集団発生の多発と, それにともなう感染拡大が懸念される。過去には国内における麻疹の広域的発生により, 任意接種に基づくワクチン使用量増大が予測され, 一部地域や医療機関においてワクチンの偏在等が懸念される事例13)が発生した。国内の麻疹排除状態維持のため, 特定感染症予防指針に基づき, 定期接種対象者での95%以上の接種率の維持や, 臨床診断例が届出られた時点からの迅速な対応が重要である。

 

参考文献
  1. WHO, Measles and rubella strategic framework: 2021-2030
  2. Guidelines on Verification of Measles and Rubella Elimination in the Western Pacific Region SECOND EDITION 2019
  3. WHO, Global Measles and Rubella Monthly Update July 2023
    https://www.who.int/teams/immunization-vaccines-and-biologicals/immunization-analysis-and-insights/surveillance/monitoring/provisional-monthly-measles-and-rubella-data (Accessed on July 20, 2023)
  4. Minta AA, et al., MMWR 71: 1489-1495, 2022
  5. 髙島義裕, IASR 43: 213-215, 2022
  6. 髙島義裕ら, IASR 38: 59-61, 2017
  7. WHO, Responding to a measles outbreak during the COVID-19 pandemic
    https://www.who.int/cambodia/news/feature-stories/detail/responding-to-a-measles-outbreak-during-the-covid-19-pandemic (Accessed on August 15, 2023)
  8. Dixon MG, et al., MMWR 70: 1563-1569, 2021
  9. 麻しんに関する特定感染症予防指針〔平成19(2007)年厚生労働省告示第442号〕
  10. 厚生労働省, 麻しん風しん予防接種の実施状況
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/hashika.html (Accessed on July 20, 2023)
  11. 国立感染症研究所, 感染症発生動向調査速報グラフ, 2023年第26週(2023年7月5日現在)
  12. 齋藤典子ら, IASR 43: 204-205, 2022
  13. 厚生労働省, 第18回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会(資料3-1, 資料4)
    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000210234.html
国立感染症研究所         
 実地疫学専門家養成コース(FETP)
  永田瑞絵 宮﨑彩子      
 実地疫学研究センター      
  塚田敬子 島田智恵 砂川富正 
 感染症疫学センター       
  神谷 元

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