口腔・咽頭梅毒の臨床像と診断のピットフォール
(IASR Vol. 44 p192-193: 2023年12月号)梅毒はTreponema pallidum(T. pallidum)を病原体とする慢性の感染症で, 第1期はT. pallidumの感染部位に, 第2期は全身に多彩な皮膚病変を生じることで知られる。一方, 糸球体腎炎・虹彩炎・関節炎など皮膚以外にもあらゆる臓器に病変を生じる可能性もあり, なかには口腔・咽頭の症状で発症する症例も存在する。
第1期はT. pallidumが侵入した部位にアズキ大~指頭大の, 暗赤色で触わると軟骨のようにコリコリと硬い腫瘤の初期硬結が生じる。この初期硬結は数日後に中心部から潰瘍化して硬性下疳となる(図1)1)。梅毒の感染経路の多くは性的接触であるため第1期病変の好発部位は性器であるが, 次いで口腔・咽頭, なかでも口唇・舌・口蓋扁桃に生じやすい。初期硬結も硬性下疳も無痛, または違和感のみ訴える場合が多いため, 口腔・咽頭の第1期病変は悪性腫瘍と見誤られやすい。
第2期に現れる口腔・咽頭の病変として最も多いのが粘膜斑で, 扁平で若干の隆起があり, 青みがかった白, または灰色を呈して周囲は薄い赤色の紅暈で囲まれ, ほかの疾患では見られない独特の病変である。粘膜斑が口蓋扁桃から両側の口蓋弓に口峡部に沿って拡大すると, 口蓋垂を中心に蝶が羽を広げたような形態“butterfly appearance”(図2)2)を呈する場合があるが, これも梅毒特有の所見である。
未治療の硬性下疳と粘膜斑の表面にはT. pallidumが多く存在し, 接触した他者への感染率が極めて高いため, 迅速かつ適切な診断と治療は梅毒の拡大防止にもなる。T. pallidumはアンピシリンが第一選択薬であるが, マクロライド系, キノロン系以外のほとんどの抗菌薬に感受性があるため, 診断前に安易に抗菌薬を投与してしまうと粘膜斑の特徴的所見が失われ, 診断が難しくなる場合がある(図3)3)。また, 第1期と第2期の病変は未治療でも数週間~数カ月で消退するため, 診察のタイミングにより抗菌薬が未投与でもまるで治癒に向かっているかのように病変が変化する場合もある(図4a, b)4,5)ことに留意しなければならない。
当科で経験した口腔・咽頭梅毒34例のうち, 28例は初診時に口腔・咽頭に粘膜斑ないしは白色病変を認め, うち15例は“butterfly appearance”を呈していた。また, 30例が咽頭痛・口内痛・喉の違和感を主訴に, 内科または耳鼻咽喉科を受診していた。梅毒が急増している昨今, 口腔・咽頭症状で発症する梅毒患者も増えていることが懸念される。図2や図4aのような典型的な粘膜斑でなくても, 図3や図4bのように扁桃炎様の白色病変が扁桃を越えて周囲に拡がる場合には, 梅毒を鑑別診断に挙げるべきである。
参考文献
- 宮野良隆, 口腔咽頭科 6: 61-70, 1994
- 荒牧 元, 余田敬子, 耳喉頭頸 69: 114-119, 1997
- 余田敬子, 日耳鼻 118: 841-853, 2015
- 余田敬子, 咽喉頭炎 今日の臨床サポート 第2版, エルゼビア・ジャパン株式会社, 2016
- 余田敬子, カラーアトラス 口腔・咽頭粘膜疾患-目で見て覚える鑑別ポイント 性感染症による口腔・咽頭粘膜病変, 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 92: 122-127, 2020