IASR-logo

近年の高所得国における梅毒と先天梅毒の発生動向について

(IASR Vol. 44 p201-203: 2023年12月号)
 

第二次世界大戦後, 世界的に減少していた梅毒は1990年頃から複数の国で流行がみられている1)。中低所得国では異性間性的接触による感染が中心であり, 女性の梅毒感染の増加から先天梅毒が問題となっている2)。世界保健機関(WHO)は, 梅毒, HIV感染症, B型肝炎の母子感染排除を目指す取り組みを2015年から開始し, 2023年10月時点でタイ, マレーシア, モルディブなどのアジア諸国と中南米諸国の計15カ国で梅毒の母子感染排除(出生10万人当たり50例以下)が達成された3)。しかし, いまだに世界では2020年時点で先天梅毒児が出生10万人当たり425例発生しており, さらなるコントロールを目指し, WHOは2030年までに先天梅毒を同50例以下に抑えるという目標を設定した4)。一方, 高所得国では, 梅毒はMSM(men who have sex with men)で感染が広がっていたが, 近年異性間での感染伝播も増加の一因となってきており, 先天梅毒の増加を認める国も出てきている2)。本稿では, 主に高所得国における過去10年の梅毒と先天梅毒の流行状況の変化について紹介する。

米国疾病予防管理センター(CDC)によれば, 米国では2021年に176,713例の梅毒症例が報告され, 人口10万人当たり年間報告数は53.2例となり, 2020年の人口10万人当たり年間報告数40.4例と比べ31.7%増加した5)。2020年と比べた2021年の症例数は, MSMでは7%の増加に留まっていたのに対し, heterosexualの男性では44%, 女性では55%増加しており, 異性間性的接触による梅毒感染が増加の主な原因となっていた。特にアメリカ・インディアンまたはアラスカ先住民で人口10万人当たり年間報告数が多かった。年代別では, 男女ともに20~30代の報告が増加しており, 女性では10代後半も増加していた。妊娠可能年齢を含む幅広い年齢の女性の梅毒感染増加を受け, 妊婦の梅毒症例が2020年の5,726例から2021年は7,812例へと36%増加した。それに応じ, 2013年に334例(出生10万人当たり9.2例)であった先天梅毒症例が, 2019年には1,875例(同50.0例)となり, WHOの梅毒母子感染排除の目標を上回り, 2021年には2,855例(同77.9例)まで増加した。

欧州疾病予防管理センター(ECDC)によれば, 欧州連合(EU)または欧州経済領域(EEA)に加盟している国から報告された梅毒症例は, 2012~2019年まで増加を続け, 2020年の減少を経て再び増加し, 2021年は28カ国から25,270例(人口10万人当たり年間報告数7.0例)が報告された6)。2021年にEU/EEA諸国から報告された梅毒症例は, 男性が女性の約9倍あり, 感染経路が報告された症例の77%はMSMであった。梅毒症例の増加はMSMでの増加が中心であり, heterosexualの男性では横ばいであったが, 近年は減少に転じていた。年齢は, 25~34歳が最もリスクが高く, この年齢層の人口10万人当たり年間報告数は男性で30例, 女性で4例であった。EU/EEA諸国からの先天梅毒の報告は, データ収集対象の23カ国中9カ国から計47例の報告のみが確認され, 明らかな増加を認めていなかった7)。なお, EU/EEA諸国のデータは, 報告数やトレンド, MSMの割合等にばらつきが大きく, 全体の数字は注意深く解釈する必要がある。

英国保健安全保障庁(UKHSA)によれば, 英国では2020年の減少を除き, 過去10年間梅毒報告が増加しており, 2022年は8,692例(うち, 性別不明等を除き, 男性7,428例, 女性743例)の報告を認めた8)。この報告数は2021年の7,543例と比較して15%増加し, 1948年以来最多であった。MSMが依然として報告の70%以上を占めていたが, heterosexualの男性の症例が増加してきていた。また, 女性症例は2017年頃から増加を認めてきていたが, 先天梅毒は2015~2020年までは毎年10例未満のみ報告されていた。

オーストラリア政府保健・高齢者介護省によれば, オーストラリアでは2020年の減少を除き, 過去10年間増加しており, 2022年は8,816例(男性6,970例, 女性1,798例)の報告を認めた9)。この報告数は2021年の7,958例と比較して10%増加し, 2004年以降最多であった。男性とのみセックスをする男性が男性症例に占める割合は2015~2023年第2四半期まで47-68%までばらつきを認めながらおおむね減少しており, 性的な曝露情報が不明な症例が増えてきていた。女性の梅毒症例は, 2015年頃から増加し始め, 20~30代が最も多く, かつ増加していた。特に, アボリジニとトレス海峡諸島民の人口10万人当たり年間報告数が多かった。毎年一桁であった先天梅毒の報告数も増加傾向にあり, 2020~2022年まで毎年15例以上報告されていた。

いくつかの高所得国における異性間の性的接触による梅毒患者の増加は, 先天梅毒増加の懸念につながり, 日本同様, 公衆衛生的な対応が必要な状況といえる。特にWHOが梅毒母子感染排除の指標として設定した出生10万人当たり50例未満3)という数字を上回った米国での今後の対策が注目される。梅毒患者全体のコントロールは容易ではないが, 梅毒母子感染排除を第一の目標として, 米国をはじめとした高所得国の試みも参考に, 対策を強化していくことが重要である。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 梅毒とは
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/465-syphilis-info-141107.html(2023年11月6日閲覧)
  2. Peeling RW, et al., Lancet: 336-346, 2023
  3. WHO, Validation of elimination of mother-to-child transmission of HIV, syphilis and hepatitis B
    https://www.who.int/initiatives/triple-elimination-initiative-of-mother-to-child-transmission-of-hiv-syphilis-and-hepatitis-b/validation(2023年11月6日閲覧)
  4. WHO, Global health sector strategies on, respectively, HIV, viral hepatitis and sexually transmitted infections for the period 2022-2030
    https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/360348/9789240053779-eng.pdf
  5. CDC, Sexually Transmitted Disease Surveillance 2021
    https://www.cdc.gov/std/statistics/2021/(2023年11月6日閲覧)
  6. ECDC, Syphilis, Annual Epidemiological Report for 2021
    https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/syphilis-annual-epidemiological-report-2021.pdf
  7. ECDC, Congenital syphilis, Annual Epidemiological Report for 2021
    https://www.ecdc.europa.eu/sites/default/files/documents/congenital-syphilis-annual-epidemiological-report-2021.pdf
  8. UK Health Security Agency, Sexually transmitted infections and screening for chlamydia in England: 2022 report
    https://www.gov.uk/government/statistics/sexually-transmitted-infections-stis-annual-data-tables/sexually-transmitted-infections-and-screening-for-chlamydia-in-england-2022-report
  9. Australian Government, Department of Health and Aged Care, National syphilis surveillance quarterly report-April to June 2023
    https://www.health.gov.au/resources/publications/national-syphilis-surveillance-quarterly-report-april-to-june-2023
国立感染症研究所         
 実地疫学専門家養成コース(FETP)
  村井晋平           
 薬剤耐性研究センター      
 併任 実地疫学研究センター    
  山岸拓也           
 実地疫学研究センター      
  島田智恵 砂川富正      
 感染症疫学センター       
  笠松亜由 高橋琢理 鈴木 基 
 細菌第一部           
  明田幸宏

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan