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新型コロナウイルスのゲノムサーベイランス(検疫検体: 入国者検疫検体を含む)について

(IASR Vol. 45 p87-88: 2024年6月号)
 
はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の中長期的な対策において, ゲノムサーベイランスによる変異株の監視と追跡は重要な要素の1つである1)。本稿では, わが国で実施している国内および入国時ゲノムサーベイランスの現状と変異株の探知状況について記載する。

世界的な動向

2021年12月以降, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株オミクロンが, それまで主流であったデルタから急速に置き換わり, 主流となった。以降オミクロンの中で置き換わりが進んでいる。2022年9月頃からはBA.5系統とBA.2系統の組み換え体であるXBB系統が出現し, XBB.1.5系統, XBB.1.9系統などが主流となった。2023年7月には, BA.2系統からスパイクタンパク質に30以上のアミノ酸変異を有するBA.2の亜系統であるBA.2.86系統が初めて報告された。10月以降にはXBB系統から, S: L455S変異を獲得したBA.2.86系統の亜系統であるJN.1系統へ急速に置き換わり, 現在まで世界的に主流となっている2,3)

国内のゲノムサーベイランスの現状

国内においては, COVID-19流行初期からSARS-CoV-2のゲノムサーベイランスが実施されてきた。2023年5月にCOVID-19が感染症法上の5類感染症に移行した後も, 流行状況の把握ならびに変異株の出現を注視する必要があることから, 各都道府県は, 週100件程度を目安に各自治体において臨床検体からのウイルスゲノム解析を実施し, その結果を国立感染症研究所(感染研)に登録するよう要請されてきた。また, 感染研では民間検査機関と契約し, 全国をブロックに分け, それぞれの地域の人口に比例した数の臨床検体をランダム抽出し, 週200件を目安にウイルスゲノム解析を実施してきた。2024年4月からは昨今のCOVID-19の流行状況を鑑みて規模を縮小し, 都道府県ごと, また感染研としてそれぞれ月140件を目安にウイルスゲノム解析を実施することとなった。

過去1年間に新たに検出された主要な系統に関して, 国内のゲノムサーベイランスではBA.2.86系統が2023年第35週(8月28日~9月3日)に初めて, JN.1系統が同第39週(9月25日~10月1日)に初めて確認された。国内のゲノムサーベイランスによる最近の系統別検出状況をみると, 2023年秋頃はXBB.1.9系統の亜系統が主流であったが, 2023年末頃からこれに加え, BA.2.86.1やJN.1系統が拡がりをみせた。2024年に入ってからはBA.2.86.1系統とFL.15.1.1系統の組み換え体であるXDQ系統の増加がみられ, 3月末時点でJN.1系統とその亜系統に次ぐ拡がりとなっている。この検出状況は, JN.1系統が大多数を占める欧米と異なっている2,4)

国内のゲノムサーベイランスでは, 各自治体で実施したゲノム解析結果を集約する新たなシステムとして, 2024年4月からPathoGenS: Pathogen Genomic data collection Systemが稼働した。本システムを通じて感染研で集約されたデータから国内の状況および世界の動向との比較が可能であり, 定期的にホームページ(https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2624-flu/12055-flu2-1-1.html)でデータ公表も行っている。

ただし, ゲノムサーベイランスでは検体提出から報告まで時間を要することから, 直近数週間の登録情報の解釈には注意が必要である。また解析結果は今後, 系統の定義変更などにより変わる可能性がある。

入国時感染症ゲノムサーベイランスの現状

2023年5月8日, COVID-19は感染症法上の5類感染症に位置付けられ, 検疫法に基づく検査等の対象から外れた。しかし, 引き続き海外から流入する感染症を把握することを目的として, 同日より, 成田, 羽田, 中部, 関西, 福岡の5空港検疫所において「入国時感染症ゲノムサーベイランス」が開始された5)。令和5(2023)年度は, 発熱, 咳等の症状を有する入国者のうち, 事業への協力意向が得られた者から鼻腔ぬぐい液を採取し, 全自動遺伝子解析装置(FilmArray呼吸器パネル2.1)を用いたPCR検査によりSARS-CoV-2やInfluenza virusを含む呼吸器感染症を引き起こす病原体遺伝子の検出検査を行い, 海外から流入する感染症を監視してきた。令和5(2023)年度では計884例から検体を採取し, 713例(80.7%)で病原体遺伝子が検出された。病原体遺伝子検出例数(率)はSARS-CoV-2が358例(40.5%), 次いでInfluenza A/H3 virusが140例(15.8%), Influenza A/H1pdm09 virusが79例(8.9%)であった。SARS-CoV-2遺伝子検出例のうち, 他の病原体遺伝子同時検出例が17例(4.7%)で認められ, Influenza A virusが6例で最多であった。さらにSARS-CoV-2に関しては, 2023年5月8日以前と同様にゲノム解析を実施し, 新規系統/変異株の出現や感染状況のモニタリングを実施した()。2023年5月8日以降, 検査数はそれ以前と比較して大幅に減少しているが, 23B(XBB.1.16系統)と23D(XBB.1.9系統)から23F(EG.5.1系統), 24A(JN.1系統)への置き換わりは, 世界的な流行状況とおおむね一致していた2)

ただし, 入国時感染症ゲノムサーベイランスは自発的に事業に協力した者のみを対象としているため, 病原体遺伝子検出割合等が必ずしも海外からの持ち込みを代表するデータではないことに注意が必要である。

おわりに

今後のSARS-CoV-2変異株対策として, 各国の継続的な努力による共同監視体制が必要であり1), わが国でも国内および入国時のゲノムサーベイランスを継続していく必要がある。

 

参考文献
  1. WHO, From emergency response to long-term COVID-19 disease management: sustaining gains made during the COVID-19 pandemic
    https://www.who.int/publications/i/item/WHO-WHE-SPP-2023.1
  2. covSPECTRUM
    https://cov-spectrum.org/explore/Japan/AllSamples/Past6M
  3. WHO, Tracking SARS-CoV-2 variants
    https://www.who.int/activities/tracking-SARS-CoV-2-variants
  4. CDC, CDC COVID Data Tracker
    https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#datatracker-home
  5. 厚生労働省, 水際対策
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00209.html
国立感染症研究所         
 感染症危機管理研究センター   
  太田雅之 高橋健一郎 斎藤益満 吉田初佳 野尻直未 村上耕介
  瀬崎貴子 吉見逸郎 竹前喜洋 東良俊孝 影山 努 齋藤智也 
 インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター          
  高山郁代 冨田有里子 松山州徳 渡邉真治 長谷川秀樹

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