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日本におけるCOVID-19流行の影響: 超過死亡の研究からみえる実態

(IASR Vol. 45 p102-103: 2024年6月号)
 
序 論

超過死亡とは, 過去のデータに基づき予測される死亡数を超える死亡を指し, 公衆衛生や医学研究の重要な指標である。本稿では, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期における日本の超過死亡の動向を, 厚生労働省(厚労省)の超過死亡研究班の分析結果を用いて考察する。

COVID-19と超過死亡: 隠れた影響を捉える指標

COVID-19の世界的な流行は, 多くの国々で甚大な社会的影響を及ぼした。この感染症の感染拡大の速度や影響の範囲は, 歴史的に類例をみないものであり, 各国の政府や保健当局は, 未曾有の事態に即座に対策を講じる必要に迫られた。しかし, 多くの国では, 感染者数や死亡者数のデータ収集や報告に困難をともない, COVID-19の真の影響規模の把握が一層複雑な課題となった。この文脈において, 超過死亡という概念がCOVID-19の流行とその影響を評価するうえでの極めて重要な指標として注目された。

COVID-19流行期における日本の超過死亡の動向

厚労省の超過死亡研究班〔厚生労働行政推進調査事業費補助金「医療デジタルトランスフォーメーション時代の重層的な感染症サーベイランス体制の整備に向けた研究」(23HA2005)〕では, 「日本の超過および過少死亡数ダッシュボード」にて, 2020年以降のCOVID-19流行期における全死因および死因別の超過死亡数の情報を定期的に公開・更新している1)。2024年4月の時点で, 全死因を考慮した超過死亡数は2024年1月まで, 一方, 死因別の情報は2023年10月までのデータが提供されている。

2020年全体を通じて, 全国的に顕著な超過死亡は確認されなかった。しかし, 2021年の4~6月には, 通常の年と比較して高い超過死亡数が初めて確認された。さらに, 2021年8~10月, 2022年2~4月, 8~9月そして2022年12月~2023年2月にかけて, COVID-19流行の波と重なるように, 全国や一部の都道府県で再度超過死亡が観測された。一方, 過少死亡については, 2020年1~3月に全国的に認められたものの, その後は顕著な過少死亡は確認されていない1)

死因に関する評価

超過死亡の主要死因を評価する際には, 国際疾病分類第10版(ICD-10)に基づいた6つの疾患カテゴリが参照されている。これには, まずCOVID-19による死亡を除外した全死因が含まれる。続いて, 呼吸器系疾患, 循環器系疾患, 悪性新生物(がん), 老衰, および自殺による死亡が挙げられる。

疾患カテゴリの中でも, 循環器系疾患に起因する死亡の超過が2022年2月頃から明確に確認されており, この増加はオミクロンの流行と大まかに時期を同じくしている。全世界の報告によると, 循環器系疾患の中でもパンデミックにともなう脳血管疾患による死亡率の上昇および超過死亡は以前から指摘されており, 日本国内のデータもこれに一致している。オミクロンの流行以前にはCOVID-19の症例数が比較的抑えられていたにもかかわらず, 同株の流行期には特に高齢患者に対する医療供給の負荷増大や, 脳血管疾患の適切な管理の障害が顕著になったことが示唆されている2)

COVID-19パンデミック初期の2020年下半期から特に2021年前半にかけて, 注目すべき現象として, 自殺死亡者数の増加が確認されている3)。これは, 特に女性全般において顕著な傾向であり, 過去のデータでは男性や高齢者の自殺率が高かったが, パンデミックの影響下での動向は一部逆転していると指摘される。具体的には, 男性の自殺理由が仕事のストレスや孤独感に関連するのに対し, 女性は家庭, 健康, 勤務環境の問題が主な動機となっている4)。この現象は, パンデミック下での精神的健康の悪化と自殺リスクの増大が顕在化し, メンタルヘルス対策の強化が急務であることを示唆している。

超過死亡の一因として, COVID-19のパンデミックが持続する中で, 感染後の持病悪化や長期的な外出自粛による身体的虚弱化, 通院や病院での待機時間における感染リスクへの不安が, 診療の遠慮や通院の控えにつながった可能性がある。さらに, 医療機関の病床がひっ迫した時期には, 通常は受診や入院が必要な患者も自宅での療養を余儀なくされ, 適切な医療を受けられない事態が発生していた可能性もある。これは, 間接的な死亡率の増加に寄与しており, 特に老衰における死亡が顕著である。デルタが主流であった2021年から直近の2023年初頭にかけて, これらの超過死亡が目立った。高齢者は感染リスクが高く, 外出自粛の影響を受けやすいため, 医療提供だけでなく, 社会的孤立の防止や生活支援など, 包括的なサポートが必要である。

2023年の超過死亡研究班の新しい取り組み: 超過死亡の迅速把握

2023年度, 超過死亡研究班は「超過死亡の迅速把握」という新たな取り組みを開始した。この方針は, 死亡データを可能な限りスピーディーに収集し, 超過死亡の状況を迅速に公開することにより, 死亡率の変動への対応を以前よりも迅速かつ効果的に進めることを目指した。従来, 超過死亡の計算は, 人口動態調査に基づく死亡票の分析が主要な手法であったが, この方法ではデータの公表までに約3カ月の期間を要していた。この課題を解決するため, 一部の自治体からの最新の総死亡数を厚労省を介さず研究班に直接報告するシステムが構築された。このシステムの導入により, 超過死亡の算出にかかる時間は従来の3カ月から3週間~1カ月程度に大幅に短縮された。この取り組みから得られるノウハウは, 将来のパンデミック発生時においてもリアルタイムの情報提供の枠組みを構築するためのレガシーとして役立つと期待されている。2023年度においては, 目立った超過死亡は観測されなかった5)

 

参考文献
  1. 超過死亡研究班, 日本の超過および過少死亡数ダッシュボード, 2021
    https://exdeaths-japan.org(accessed April 27, 2024)
  2. Nomura S, et al., Public Health 218: 176-179, 2023
  3. Nomura S, et al., Psychiatry Res 295: 113622, 2021
  4. Koda M, et al., JAMA Netw Open 5: e2145870, 2022
  5. 国立感染症研究所感染症疫学センター, 超過死亡の迅速把握-2024年3月31日までの報告, 2024
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc/493-guidelines/12636-excess-mortality-r-240331.html(accessed May 1, 2024)
慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室
 野村周平        
国立感染症研究所感染症疫学センター    
 米岡大輔 鈴木 基   
東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学      
 橋爪真弘

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