広島県におけるバンコマイシン耐性腸球菌の地域流行
(IASR Vol. 43 p191-193: 2022年8月号)
はじめに
バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci: VRE)感染症の届出数は全国的に増加傾向にあり, 増加の多くがバンコマイシン耐性Enterococcus faeciumによるものと推測されている1)。広島県内においても2020年以降VRE感染症の届出数が増加し, 2020年は7件, 2021年は21件の届出があり(図1), それらの多くはバンコマイシン耐性遺伝子vanAを保有するE. faeciumによるものであった。そこで, 感染症として届出のあった患者から分離された菌株と各医療機関で実施したスクリーニング検査で分離された菌株について, パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法を用いた分子疫学解析および全ゲノムシーケンスによるmultilocus sequence type(MLST)解析を行ったところ, 同一クローンの地域流行が示唆されたため報告する。
背 景
2021年1月, 医療機関Aより, 保菌を含む複数の患者からVREが検出されたため, E. faecium 22株のバンコマイシン耐性遺伝子の検出およびPFGE解析を実施したところ, すべてvanA陽性でPFGEパターンが同一または1バンド違いであった。その後, 2018~2020年に県内で届出されたVRE感染症由来のvanA陽性E. faecium 9株とも比較したところ, 2020年の7株が医療機関A由来株と同一または類似していた。そこで, 複数の医療機関の間でVREが伝播している恐れがあることから, 2021年3月, 関係機関へVREに対する院内感染防止対策の徹底について周知するとともに, 医療機関における入院患者等の保菌調査の実施やVRE検出時の菌株提供を依頼した。
方 法
2018年4月~2021年12月までに分離された15医療機関(A-O)81株のvanA陽性E. faeciumについて, PFGE解析を実施した。制限酵素はSmaⅠ(TaKaRa)を用い, 電気泳動はBIO-RAD CHEF MAPPER(BioRad)を用いて6V/cm, パルスタイム0.7-15.0秒, 14℃の条件で19時間行った。PFGE パターンは, BioNumericsソフトウェア(Applied Maths)を用い, Jaccard係数により類似度を算出し, UPGMA法によるデンドログラムでクラスター解析を行った。MLST解析は, HiSeq X FIVE(Illumina)にて全ゲノム配列を決定後, イルミナリードをShovill v1.0.9を用いてde novoアセンブルし, GitHubの解析ツール(https://github.com/tseemann/mlst)を用いてsequence type (ST)を決定した。
結果および考察
PFGE解析結果(図2)にMLST解析結果を重ねたところ, PFGE解析で類似度が78%以上の株がST80であることが判明し, 医療機関NおよびOを除く13医療機関から検出された72株が同一クローンであると考えられた。ST80のVREは2020年7月~2021年12月の期間に分離された菌株であり, 2018年, 2019年の菌株はこれとは異なるSTであった。ST80の最初の検出事例は2020年7月の医療機関Dであること, また医療機関Dから他医療機関へ転院した患者がVRE陽性となっていることから, 医療機関DからVREが転院などにより他医療機関へ拡がった可能性が考えられた。ST80はヨーロッパ諸国では優勢なクローンの1つであり2-4), 海外からの持ち込みも考えられたが, 医療機関Dの患者2名の海外渡航歴はいずれも確認されなかった。発生源は不明だが, 複数の医療機関へ特定のVREが水平伝播したことは公衆衛生上非常に問題である。地域におけるVRE流行状況を正確に把握し, 対策を立てることが重要であり, そのためには, 県と市の情報共有はもとより, 医療機関の協力および情報提供が不可欠であり, さらなる連携強化を図る必要がある。
参考文献
- IASR 42: 155-156, 2021
- Abdelbary MHH, et al., Eur J Clin Microbiol Infect Dis 38: 1163-1170, 2019
- Pinholt M, et al., J Antimicrob Chemother 74: 1776-1785, 2019
- Fang H, et al., J Hosp Infect 107: 12-15, 2021