国立感染症研究所

IASR-logo

広島市保健所管内の高齢者向け社会福祉施設におけるオミクロン株による新型コロナウイルス感染症集団発生事例

(速報掲載日 2022/5/17) (IASR Vol. 43 p141-143: 2022年6月号)
 
はじめに

 広島市では2021年10月以降、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は低調に継続していたが、2021年12月末以降に急激に報告数が増加した。2022年1月初旬の広島県のL452R変異判定PCR検査では、オミクロン株を示唆するL452(L452R変異陰性)と判定された検体の割合は全体の約9割1)となった。同状況下において、市内の1つの高齢者施設で1月5~19日の期間に計28例のCOVID-19症例の集積を認めた。本調査では、高齢者施設におけるオミクロン株によると思われるCOVID-19集団発生事例の疫学情報としてまとめ、その特徴を明らかにし、同様の施設での対策に資することを目的とした。

対象と方法

 症例定義は、当該施設の職員または入所者において2021年12月19日~2022年2月1日にPCR検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性と判定された者(症状の有無を問わない)とした。当該施設の観察、関係者からの聞き取り、保健所が実施した積極的疫学調査結果(調査票)に基づき記述疫学を行った。重症度の定義は、「新型コロナウイルス感染症診療の手引き 第6.2版」の重症度分類に基づき、 軽症、 中等症Ⅰ、中等症Ⅱ、重症とした。

結 果

 当該施設は職員57名、入所者70名(2022年1月11日時点)の、ユニット型居室80室を有する特別養護老人ホームであった。居室は2階(入所者36名)と3階(入所者34名)に分かれており、それぞれの階の入所者同士が交差することはなく、また職員同士も更衣室以外で交差することはなかった。陽性例の発生した2階の居室は4つのユニット(それぞれの入所者数は、A:10名、B:10名、C:9名、D:7名)に分かれており、2階職員はユニットAとBの担当と、CとDの担当に分かれており、互いに交差することはなかった。

 症例定義に合致したのは職員(以下職員陽性例という)9例、入所者19例(以下入所者陽性例という)であった。職員陽性例のうち1例、入所者陽性例のうち2例でL452R変異陰性が確認された。職員陽性例が発生した後、一峰性に入所者陽性例が集積した()。

 職員陽性例9例の属性は、女性3例(33%)、年齢中央値39歳(範囲:20‐68歳)であった。2階のユニットA、B担当職員から6例、ユニットC、D担当職員から2例、施設全体の清掃を担当していた介助員から1例であった。職種は、介護士7例(78%)、介助員1例(11%)、看護師1例(11%)であった。ワクチン接種歴は2回が8例(89%)、不明1例(11%)であった。担当ユニットごとの調査対象期間における累積罹患率はAとB担当職員55%(6/11:分母はA、B担当職員数)、CとD担当職員17%(2/12:分母はC、D担当職員数)であった。なお、ユニットC、Dの職員陽性例については、既知の陽性例との疫学リンクは明らかではなかった。

 入所者陽性例19例の属性は、女性13例(68%)、年齢中央値90歳(範囲:75‐100歳)であった。入所者陽性例はすべて2階から発生し、ユニットでは、A:9例(47%)、B:10例(53%)からのみ発生した。ワクチン接種歴は2回が14例(74%)、なし4例(21%)、不明1例(5%)であった。ユニットごとの累積罹患率は、AとBで95%(19/20:分母はA、B入所者数)、CとDでは0%(0/16:分母はC、D入所者数)であった。階ごと、ユニットごとでワクチン接種率に差はなかった。

 入所者陽性例の特徴として、陽性判明時点の有症状者は16例(84%)で、症状の内訳は37.5℃以上の発熱12例(63%)、倦怠感7例(44%)、咳4例(25%)、食欲低下3例(19%)、呼吸困難感2例(13%)、鼻汁・鼻閉2例(13%)であった(重複あり)。全例で基礎疾患を有し、主なものは認知症13例(68%)、脳血管障害7例(37%)、高血圧4例(21%)、糖尿病3例(16%)、であった(重複あり)。陽性判明時点の重症度は軽症8例(42%)、中等症Ⅰ1例(5%)、中等症Ⅱ以上10例(53%)であり、11例(58%)が医療機関に入院となった。入院しなかった入所者陽性例8例のうち3例は、施設でCOVID-19に対する抗体カクテル療法を受けた。中等症Ⅱ以上の入所者陽性例におけるワクチン2回接種率は80%(8/10)であった。2月2日時点で2例(11%)が死亡(うち1例は施設で看取りの方針で医療機関には入院せず)し、入院した11例のうち8例は改善し、退院もしくは療養目的で転院となった。

考 察

 本事例は、高齢者向け社会福祉施設におけるオミクロン株によると考えられるCOVID-19集団発生事例であった。入所者陽性例に先行して、入所者陽性例が発生したユニットに出入りする職員が発病しており、職員からのウイルスの持ち込みの可能性が示唆された。2022年1月2日発病、5日診断の職員陽性例は、調査された範囲において入所者との接触を認めなかったが、1月4日発病、9日診断の職員陽性例をきっかけとして事例が探知された。探知直後より保健所職員と県から派遣された感染管理認定看護師の支援のもと迅速な対応が行われた。対策としては、職員・入所者の迅速なスクリーニング検査、A、B担当職員とC、D担当職員が共用していた職員更衣室の使用の禁止、施設全体で感染管理の強化(ゾーニング、感染防護具の適切な使用、手指衛生の徹底等)、入所者の共同スペースでのマスク着用の徹底、入所者の食事を共有スペースで一斉にとるのではなく可能なかぎり居室でとる、等の対策が行われ、1月17日発病の入所者陽性例を最後に新規陽性例は発生せず、事例は収束した()。本事例において、ユニットA、Bでは短い期間に多くの入居者が感染しており、このような高齢者向け施設のユニットにオミクロン株が持ち込まれた場合には、短期間に感染が拡大する可能性が示唆された。一方、ユニットC、Dでは担当職員から2例の陽性者を認めたのみに留まり、入所者陽性例は発生しなかったことから、当該施設、保健所、県感染症医療支援チームが一体となって行ったクラスター対応(その時期と介入策)がさらなる感染の連鎖を遮断するうえで有効であった可能性が示唆された。

 本事例においては、施設入所者陽性例19例のうち約6割が入院治療を要し、1割が死亡した。オミクロン株についてはデルタ株に比較し入院のリスクが低いと報告2)されているが、基礎疾患を有する高齢者の集団で多くの感染者が発生した場合には、一定数の入院を必要とする者や、また、死亡者も発生する可能性があるため注意が必要である。

 本調査から、特にCOVID-19流行時には、高齢者施設の感染管理体制を強化すること、また、専門家チームによる支援を含めた迅速なクラスター対策を実施することが、入院例・死亡例の発生を抑制するために重要であると考えられた。

 謝辞:ご協力いただいた当該施設や自治体の関係者の皆様に深謝申し上げます。

 

参考文献
  1. 広島県感染症・疾病管理センター, 新型コロナウイルス感染症(変異株)について
    https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/hcdc/henikabu.html
  2. Tommy Nyberg, Neil M Ferguson, Sophie G Nash, et al., Comparative Analysis of the Risks of Hospitalisation and Death Associated with SARS-CoV-2 Omicron (B.1.1.529) and Delta (B.1.617.2) Variants in England, Preprints with THE LANCET(preprints), 2022
    https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4025932

広島県感染症医療支援チーム 
 大野公一 久保達彦 大毛宏喜 桑原正雄
広島市健康福祉局保健部 
 上田久仁子 三森 倫 
広島市安佐北保健センター 
 九賀真愛 西田征章 坂本直美 北渕明美 湯浅澄広
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)
 髙橋賢亮
同 実地疫学研究センター 
 福住宗久 砂川富正

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version