国立感染症研究所

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名古屋市における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行の評価:検査数・陽性数・陽性率および検査対象の層別化の重要性

(速報掲載日 2020/6/2) (IASR Vol. 41 p119-121: 2020年7月号)

感染症サーベイランスにおいては、感染の有無を確認するための検査体制や検査へのアクセスの変化等によって、流行状況に変化がなくても探知される陽性数が変動することがある(サーベイランスバイアス)。例えば、検査キットの普及や検査の保険適応等によって、検査数が増加し、その影響で陽性数が増加することがある。よって、感染症の流行状況(以下、トレンド)をより適切に評価するためには、陽性数の推移だけではなく、検査数の推移をまず確認し、さらに陽性数を検査数で除した陽性割合(陽性率)の推移を把握することも重要である1, 2)。ただし、検査対象が異なる集団(例:スクリーニングか治療目的の医療機関受診か、外来加療中か入院加療中か等)を含む場合、検査対象の集団の構成割合が大きく変化する場合など、異なる集団全体を合算した場合はトレンドの評価は困難になる。このような場合、検査対象者の層別化によって、特定の性質を持った集団ごとに検査数、陽性数、陽性率の推移を観察することが重要である。

今回、2020年2~3月にかけて、愛知県名古屋市で発生したCOVID-19事例をモデルに、トレンドを把握するために、検査数の収集および検査対象者の層別化の意義について考察する。

事例の概要

2020年2月13日、名古屋市内の医療機関から名古屋市保健所にCOVID-19の疑似症例の情報が提供された。名古屋市衛生研究所でSARS-CoV-2遺伝子検査が実施され、2月14日にSARS-CoV-2遺伝子陽性であることが判明した。その後、名古屋市内で陽性者の報告が続いた。名古屋市保健所の各区保健所支所(保健センター)による積極的疫学調査の結果、大規模なクラスターの発生があったが、3月24日発症例を最後に陽性者はいない。

方法

2020年2月14日~3月26日までに、名古屋市衛生研究所でPCR検査が実施された者のうち、退院の可否を判断するためのSARS-CoV-2陽性者(陰性確認)を除いたものを解析対象者とした。「陰性確認」は新規の感染を探知する目的ではないためである。

日ごとの被検査者数(以下、検査数)を集計する場合に、同じ日に同一人物の検体が複数提出されている場合は1人とカウントし、同一人物であっても検査日が異なる検査はそれぞれカウントした。疫学情報は各区保健センターが収集した情報を使用した。

各区保健センターの情報により解析対象者を「濃厚接触者」と、医師により検査が必要と判断された者(以下、医師判断)に分けた。その際、「医師判断」で検査され、後に「濃厚接触者」と判明した場合は、「医師判断」に分類した。一斉にPCR検査が実施された福祉施設の職員および利用者は、「濃厚接触者」に分類した。なお、検査日と確定日が異なる場合があるため、公表されている報告数と一部異なる場合がある。曜日による変動を避けるため、7日ごとにも結果を集計した。「濃厚接触者」と「医師判断」では、集団の性質が異なり、陽性率も異なることが想定されたため、層別化し、それぞれの検査数、陽性者数、陽性率を記述した。また、「医師判断」でPCR検査がなされた者は、市中のトレンドを把握するために有用な情報であると考え、この集団に限定して評価した。

結果

期間中、計111例のCOVID-19症例が報告され(これらの症例はすべて解析対象者に含まれる)、うち死亡は16例であった。初発陽性者は、2月3日に発症し、2月14日にCOVID-19症例として報告された。その後、徐々に陽性者が増加し、発症日別の報告数は3月6日にピークを迎え、漸減した(図1)。陽性者数、陽性率ともに増加し、その後減少した(図2)。各区保健センターによる積極的疫学調査の結果、111例のうち28例はスポーツ施設と、73例は福祉施設と関連していた。

名古屋市衛生研究所で、2020年2月14日~3月26日までに実施されたもののうち、延べ804例が解析対象となった。うち陽性者数は前述のとおり111例であった。検査数は陽性者数と同様2月14日から徐々に増加し、3月10~13日にかけてピークを示し、その後漸減した。陽性率は、2月22日頃から3月8日頃にかけて上昇し、30%程度になったところでピークを示し、減少した(図2)。

これらを「濃厚接触者」、「医師判断」に層別化して算出すると、2月17日~3月22日においては、「濃厚接触者」における陽性率は301例中94例(31.2%)と高い値を示していたが、「医師判断」の陽性率は328例中11例(3.4%)と相対的に低い値であった。また、「医師判断」に限定した場合においては、3月上旬までは、検査数、陽性者数、陽性率のいずれも増加したが、その後、検査数が増加したにもかかわらず、陽性者数は減少した(陽性率は減少)。3月9日以降、206例中2例(1.0%)が陽性であった()。

考察

COVID-19感染症のトレンドをより適切に評価するためには、陽性者数のみではなく、検査数も考慮して評価することが重要である。実際、流行状況をより適切に評価するために、麻疹、ポリオ等の疾患のサーベイランスでは、検査数の把握を義務づけており3)、COVID-19においても世界保健機関は検査数の把握を推奨している4)

今回の解析対象者全体について検討したところ、2月中旬から3月上旬にかけて陽性者数、検査数ともに増加傾向にあった。3月10日以降は、検査数が増加したにもかかわらず(福祉施設の職員および利用者を対象とした一斉検査、3月6日以降PCR検査が保険適応になったこと、疾患に対する認知度の上昇、検査アクセスの変化等の影響が考えられる)、陽性者数は減少したことから、名古屋市における流行は収束傾向であると判断された。
 
 「濃厚接触者」と「医師判断」に層別化したうえで、「医師判断」に限定して解析したところ、検査数、陽性数、陽性率いずれも2月中旬から3月上旬にかけて増加し、COVID-19症例数の真の増加であった可能性が考えられた。陽性率は3月2~8日に期間中の最高値(10.3%) をとった後、低下した。この前後の期間においては、「医師判断」の検査数が増加したにもかかわらず陽性者数が減少した。このような「医師判断」の検査数、陽性者数、陽性率の動向からは、名古屋市において市中の流行が見逃されている可能性は低いと推察された。
 
 COVID-19に限らず、感染症の流行状況を評価するためには、陽性者数だけではなく、検査数も含めた解析が有用である。さらに、検査対象の集団の変動による影響を減らして、より適切な流行状況の評価を行うためには、検査対象を観察したい集団に限定して解析することが望ましい。

謝辞:本調査は、名古屋市の関係者の多大なご協力のもとに実施された。この場を借りて、深く御礼申し上げる。

 

参考文献
  1. The importance of accounting for testing and positivity in surveillance by time and place: an illustration from HIV surveillance in Japan. Kato H, Kanou K, Arima Y, Ando F, Matsuoka S, Yoshimura K, et al. Epidemiol Infect. 2018; 146(16): 2072-2078
  2. 改正感染症法施行以後のインフルエンザ病原体サーベイランス:インフルエンザウイルス陽性例・陰性例の動向とその情報の有用性. 国立感染症研究所感染症疫学センター. IASR; 39: 192-193, 2018
  3. World Health Organization. Accelerated Disease Control
    https://www.who.int/immunization/monitoring_surveillance/burden/vpd/surveillance_type/active/en/ (Accessed 20 May 2020)
  4. World Health Organization. Surveillance strategies for COVID-19 human infection 
    https://www.who.int/publications-detail/surveillance-strategies-for-covid-19-human-infection (Accessed 20 May 2020)
 
 
国立感染症研究所ウイルス第一部
 加藤博史
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)
 渡邉佳奈
国立感染症研究所感染症疫学センター
 小林祐介 松井珠乃 加納和彦 有馬雄三 鈴木 基
名古屋市保健所
 木村香菜 田邊 裕 滝 仁志 辻 俊司 平松 修 浅井清文
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