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精神科病院における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)クラスター事例と対応

(IASR Vol. 42 p207-209: 2021年9月号)

 
はじめに

 精神疾患を有する患者の場合, マスク着用や手指衛生, 身体的距離の確保といった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染予防対策を十分に行うことが困難であり, COVID-19患者が発生した場合の感染拡大リスクは高いと考えられる。このため, 精神科病院においては, こうした患者の特性をふまえたうえで, あらかじめCOVID-19患者発生に備えた体制を整備し, 対策を実施することが求められる。

 今回, 三重県内の単科精神科病院におけるCOVID-19クラスター事例を経験したことから, その経緯と対応について報告する。

端 緒

 2020年9月2日, 三重県鈴鹿市内の単科精神科病院職員1名の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性が判明した。鈴鹿保健所による積極的疫学調査の結果, 同院A病棟の入院患者9名が発熱していたため, PCR検査を実施したところ, 翌3日に9名全員のSARS-CoV-2陽性が判明した。同日, 県内初の単科精神科病院クラスターとして, 鈴鹿保健所および三重県新型コロナウイルス感染症対策本部(県対策本部)が対応を開始した。

発生状況

 本クラスターでは, 2020年9月2日~10月11日までに69例の陽性が確認(図1)されており, 入院患者が55例(80%), 看護師等が13例(19%), 清掃員が1例(1%)であった()。

 当該クラスターでは, 単一の病棟Aの入院患者58例のうち54例の陽性が判明し, 別病棟Bの入院患者1例の陽性も確認されているものの, 当該患者が一時的に病棟Aに転床し, 陽性となった看護師との接触が確認されているなど, クラスター発生病棟での感染が考えられた。入院患者は全例が何らかの精神疾患を有しており, 統合失調症40例(73%), 知的障害7例(13%), 認知症3例(5%), 器質性精神障害3例(5%), その他2例(4%)であった。

 看護師等については病棟A勤務の看護師等7例の他に, 他部署から病棟Aに応援として勤務した看護師6例や, 病棟Aを含む複数病棟の清掃担当者である清掃員1名の陽性が判明した。

対応状況

 1. 対策本部の設置

 9月4日に病院, 保健所, 県対策本部および厚生労働省クラスター対策班(クラスター対策班)合同の対策本部を院内に設置し, 「職員が感染しない」, 「他病棟へ広げない」, 「院外に広げない」の3つを目標に掲げ対応を行った。

 本部では, 毎朝・夕に全体ミーティングを実施し, COVID-19患者の転院の要否, 入院患者の発熱サーベイランスの状況, 転院・再入院予定等の情報と課題を関係者間で共有した。また, 病院のリスクコミュニケーションとして, 院内向けに病院長から全職員にほぼ毎日メールを送信し, 不安軽減を図るための正しい情報を発信するとともに, 院外向けに病院のホームページに発生状況を掲載するなど, 地域への情報発信を行った。

 現地対策本部の組織図を図2に示す。病院長を本部長とし, 各部門に院内職員を配置してそれぞれの役割を明確化し, 保健所, 県対策本部およびクラスター対策班が各部門を適宜支援する体制とした。

 2. 入院調整

 入院患者の確定症例が多数判明したため, 経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が低値であるなど, 身体症状の治療が必要な症例を優先して転院させ, 軽症者はクラスター発生病棟で対応する方針とした。転院先は, 精神疾患患者のCOVID-19対応病床を有する医療機関を主とし, 精神症状が比較的落ち着いている確定症例については, 一般病院のCOVID-19対応病床に転院調整を行った(転院36例, 入院継続19例)。

 3. 院内感染対策

9月4日に外部から感染管理認定看護師(CNIC)4名(うち1名は精神科病院勤務)が支援に入り, 病棟内のゾーニング・消毒・清掃を実施するとともに, 職員に対して個人防護具(PPE)の着脱等に関する教育, 指導を実施するなど態勢の強化を行った。

 ナースステーションおよびカンファレンス室(休憩所)は非汚染区域(グリーンゾーン)とし, PPEの着用場所を設けるとともに, 病室やホールは濃厚接触者を隔離するイエローゾーンと確定症例を隔離するレッドゾーンに区域分けし, 両区域とも汚染区域として職員はPPEを着用して対応することとした。また, 病棟内の動線はグリーンゾーン, イエローゾーン, レッドゾーンの順に一方通行として対応した。

 しかし, とりわけ当初は入院患者がその意味を理解できずに元の部屋へ何度も戻ろうとすることから, ゾーンを区分けするバリケードの確実性と利便性の両立を図るために苦慮した。

 4. 事例の終息

 10月11日に看護師の感染が確認された後3週間, 新たな感染者の発生を認めなかったため, 11月2日に病院においてクラスターの終息宣言が出された。

考 察

 本事例では, 単一病棟に入院する患者の大多数においてSARS-CoV-2陽性が判明した(罹患率93%)。病棟全体に感染が拡大した要因としては, 入院患者におけるマスク着用や手指衛生, 身体的距離の確保といったCOVID-19感染予防対策が困難であることに加え, ホールでの食事や作業療法といった, 人が集まる環境が事例探知以前に生じていたことが考えられた。精神疾患を有する患者の場合, 感染予防対策を十分に行うことは困難であるが, 一方で事後の経験からは, 繰り返し声掛けしたり, 作業療法にマスク着用を組み入れたりすることで, マスクの着用率が高まるなど, 粘り強い日常指導を実施することで, 一定程度は患者自身による感染予防対策の実践が期待できると考えられた。

 また転院等について, 短期間に多数の確定症例が発生したことから, 身体症状の治療が必要な症例を優先して転院調整するなど方針を定めるとともに, 速やかに県内CNICが継続した支援を実施することにより, PPEの着脱訓練や職員が感染しないゾーニング等, 院内の感染対策の強化を図った。特に, 精神科専門のCNICの協力が受けられたことで, 接触機会の多い精神科特有の環境にも対応することが可能であった。今後も同様の事例を想定し, 地域のCNICとの連携体制や, 職員の感染管理教育の実施等の院内感染対策をあらかじめ強化しておく必要がある。

 事例探知直後より病院内に現地対策本部を設置したことで, 迅速に情報共有と対策を行うことができた。患者個々で異なる精神症状や行動特性, 家族背景などの情報を現場で共有・活用でき, 転院調整等においてはきめ細やかな対応が可能となった。また, PPEや在庫管理, 必要とされる工夫など, リアルタイムな状況を迅速に対策へと反映させることができた。さらに, 院内の明確な役割分担により, 患者が発生している病棟だけでなく, それ以外の病棟への感染拡大にも注意を払うことができた。病院や高齢者施設等でCOVID-19が発生した場合には, 発生施設および保健所等による現地対策本部を早期に設置することが有用であると考えられた。

 COVID-19クラスターは今後も発生するものと考えられることから, 発生に備えた体制を整備し, 発生した際の迅速な対応につながるよう準備しておく必要がある。特に, 地域流行の状況によっては, 転院やCNICの持続的支援といった, 今回の対応で非常に有効であった対策が実施できないことも想定されることから, 医療機関や高齢者施設・障がい者支援等の個人レベルでの感染管理が容易でない施設においては, 常にウイルスを「持ち込まない」, 「拡げない」対策を講じておくことが求められる。そして何よりも「できないとして諦めない」ことが大切である。

 謝辞:本事例の対応にご尽力いただいた三重県厚生農業協同組合連合会鈴鹿厚生病院および医療機関をはじめとする多くの関係者の皆様に深謝いたします。


三重県医療保健部          
 原 康之 宇野智行 下村孝枝(現三重県伊勢保健所) 紀平由起子
 田辺正樹(現三重大学医学部附属病院)
三重県鈴鹿保健所          
 土屋英俊(現三重県伊賀保健所) 柴田直樹 岡田ひろみ(現三重県医療保健部)
 大西真由美 西岡美晴 伊東抄代子 南濵由樹 髙岡亮平        
三重県厚生農業協同組合連合会    
鈴鹿厚生病院            
 中瀬真治             
国立感染症研究所          
実地疫学専門家養成コース(FETP)  
 黒澤克樹             
同実地疫学研究センター       
 神谷 元

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