国立感染症研究所

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新型コロナウイルスN501Y変異株感染入院患者が従来の退院基準を満たした日におけるCt値および抗原量に関する検討

(IASR Vol. 42 p233-234: 2021年10月号)

 
はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の入院患者は2020(令和2)年6月25日付の事務連絡1)に基づいて発症日から10日間経過し, かつ, 症状軽快後72時間経過した場合に退院が認められてきた。しかし, 世界的に流行しているN501Y変異株は科学的データが乏しいことから, 2020年12月25日付の事務連絡により退院基準として2回連続の核酸検出検査による陰性確認が必要となった2)。北海道でも2021(令和3)年2月頃から市中でN501Y変異株感染者が増加し, 入院病床がひっ迫する状況となった。2021年4月8日に国立感染症研究所より, 空港検疫所における軽症例および無症状例のウイルス量の経時的変化に関する調査が報告された3)。変異株症例と非変異株症例のウイルスRNAコピー数を比較すると, 診断後7日には明らかな違いはなく, 診断後10日には103copies/反応以下と少なくなっており, ウイルス分離試験でも陰性であった。この知見によりN501Y変異株感染者においても従来の退院基準に基づいて退院が可能となった4)。しかし, 中等症以上を含む入院患者における知見は乏しい。今回, N501Y変異株感染入院患者が従来の退院基準を満たした日におけるCt値および新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の抗原量について検討した。

方 法

 2021年3月に札幌医科大学附属病院とJR札幌病院に入院したN501Y変異株感染患者計14名について, 主治医が従来の退院基準1)を満たしたと判定した日に鼻咽頭ぬぐい液を採取し, 核酸検出検査および抗原定量検査を実施した。核酸検出検査はAmpdirect 2019-nCoV検出キット(株式会社島津製作所)を使用してN2領域をターゲットとしたリアルタイムRT-PCR法で実施した。SARS-CoV-2の抗原量はルミパルスプレスト SARS-CoV-2 Ag(富士レビオ)を用い, ルミパルスL2400(富士レビオ)を使用して測定した。判定方法は, ルミパルスの説明書に基づいて, 1.0pg/mL未満は陰性, 1.0-10pg/mLは再遠心後に再測定して1.0pg/mL未満であれば陰性とするが, 1.0pg/mL以上であればリアルタイムRT-PCR法でも確認した。また, 当院での知見5)に基づいて, 10-100pg/mLの場合でもリアルタイムRT-PCR法で確認を行い, 100pg/mL以上は陽性とした。

結 果

 対象者14名の特徴と検査結果をに示す。年齢中央値は69(範囲20-81)歳, 女性が8名であった。重症度は軽症8名, 中等症5名(要酸素投与), 重症1名(人工呼吸器使用)であった。8名にデキサメサゾン, 7名にファビピラビルが投与された。主治医が従来の退院基準を満たしたと判定した発症からの経過日数の中央値は17.5(範囲12-27)日であった。主治医が従来の退院基準を満たしたと判定した日において, リアルタイムRT-PCR法では3名が陰性, 残り11名のCt値の中央値は34.4であり, 9名(82%)がCt値>30を示した。抗原定量検査では, 抗原量の中央値は0.72pg/mLであり, 9名(64%)が陰性であった。5名のうち3名の抗原量は5.93pg/mL, 7.55pg/mL, 18.33pg/mLであり, リアルタイムRT-PCR法ではいずれもCt値が30より上であった。しかし, 残り2名(症例12, 14)は発症から19日, あるいは23日間経過していたがCt値は低く, 抗原定量検査も陽性値を示した。

考 察

 中等症以上を含むN501Y変異株感染入院患者の, 発症から10日間経過し, かつ, 症状軽快後72時間経過した日におけるCt値およびSARS-CoV-2の抗原量について検討を行った。重症度にかかわらず, 12名(86%)がリアルタイムRT-PCR法において陰性またはCt値>30を示した。過去の報告において発症から約10日で感染性ウイルスは分離されなくなり6), 同時期のCt値は30ほどであった7)ことから, 発症後期においてCt値が30を超えている場合には感染性ウイルス量は限定的であるとされている。抗原定量検査も比較的感度が高い8)ため, 症例2, 5, 6は抗原量>1.0pg/mLを示したが, リアルタイムRT-PCR法でCt値>30であり, 上述のように感染性ウイルス量は限定的と考えられた。しかし, 症例12と14はCt値低値, 抗原定量検査も陽性値を示した。症例12は臨床上の判断からデキサメサゾンが16日間投与され, 症例14は70代で糖尿病を有していた。デキサメサゾンの長期使用や糖尿病等の, 免疫系に影響を与える治療法を実施した者や基礎疾患を持つ者においては, ウイルスを長期間排出する可能性もあることから, 退院の診断は慎重に行う必要があると考えられた。

 本検討の制限として, 症例数が少ないこと, ウイルス分離試験は実施していないため, 感染性については評価ができていないことが挙げられる。

 2021年4月8日付の事務連絡4)により, 変異株感染患者においても発症から10日間経過し, かつ, 症状軽快後72時間経過した場合に退院が可能となった。本検討は中等症以上を含むN501Y変異株感染入院患者の退院における判断材料の1つになると考えられる。しかし, 患者背景や治療法によっては退院の判断は慎重に行う必要があると考えられた。

 

参考文献
  1. 健感発0625第5号, 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律における新型コロナウイルス感染症患者の退院及び就業制限の取扱いについて(一部改正)」(令和2年6月25日)
  2. 事務連絡, 「新型コロナウイルス変異株流行国・地域に滞在歴がある入国者の方々の健康フォローアップ及びSARS-CoV-2陽性と判定された方の情報及び検体送付の徹底について(一部改正)」(令和2年12月25日)
  3. 国立感染症研究所, 「空港検疫所における新型コロナウイルス感染症(新規変異株)の積極的疫学調査(第1報)」
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/10282-covid19-42.html(最終アクセス 2021年8月17日)
  4. 事務連絡, 「新型コロナウイルス変異株流行国・地域に滞在歴がある入国者の方々の健康フォローアップ及びSARS-CoV-2陽性と判定された方の情報及び検体送付の徹底について(一部改正)」(令和3年4月8日)
  5. Kobayashi R, et al., J Infect Chemother 27: 1477-1481, 2021
  6. Singanayagam A, et al., Euro Surveill 25: 2001483, 2020
  7. 蜂巣友嗣ら, IASR 41: 117-118, 2020
  8. Kobayashi R, et al., J Infect Chemother 27: 800-807, 2021

札幌医科大学附属病院感染制御部 
 藤谷好弘 佐藤勇樹 韮澤慎也 中村広士
 中江舞美 津川 毅 黒沼幸治 高橋 聡      
札幌医科大学附属病院検査部   
 片山雄貴 米澤 仁 村井良精 盛合美加子     
JR札幌病院           
 四十坊典晴          
北海道立衛生研究所感染症センター
 藤谷好弘 

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