国立感染症研究所

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事例探知当初の情報からは濃厚接触者を選定することが困難であった2事例に関する検討

(IASR Vol. 42 p263-265: 2021年11月号)

 
背景・方法

 変異ウイルスの流行や, 患者の急増など, その原因は多岐にわたると考えられるが, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の積極的疫学調査の現場では, 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(2021年1月8日暫定版)(実施要領)1)に定義された濃厚接触者の範囲外で陽性者を認めることがある。そこで, 現時点での実施要領の濃厚接触者の定義を評価することを目的とし, 実施要領に定義された濃厚接触者の範囲外で探知されたCOVID-19患者に関する情報を記述した。2021年4~5月の期間に発生したN501Y変異を有する新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株が検出された保育施設および事務所の集団発生事例2事例を対象とし, 厚木保健福祉事務所(保健所)が収集した5月末日時点の積極的疫学調査のデータを収集した。なお, これら事例に関して, 2021年4月1日以降, COVID-19と検査診断された者を「陽性者」, 陽性者の実施要領に基づく濃厚接触者の条件を満たした者を「濃厚接触者」, 陽性者の感染可能期間に陽性者と接触し濃厚接触者の条件を満たさない者を「接触者」と定義した。

結 果

 保育施設の事例では, 園児2名, 職員6名, 合計8名の陽性者を認め, 検査陽性割合は施設全体で36%(8/22名)であった。最初の園児陽性者1名の探知時に保健所が施設職員へ聞き取りを行ったところ, 園児と職員が密接した状態で一緒に昼食をとったり, 園児同士がクラスを越えて一緒に遊んだりするなど, 施設における感染リスクの高い状況が聴取された。しかし, 初期評価の時点では園児が陽性者であったため, 個人レベルの正確な接触状況を把握することができず, 濃厚接触者の選定が困難であった。そのため保健所は, 同日より保育園を休園とし, 後日全園児・職員に対してスクリーニング検査を実施した。その結果, 複数の陽性者を認めたため, 保健所は全園児・職員を濃厚接触者と判断した。

 事務所の事例は, 同じフロアにある2つの部署から職員9名の陽性者を認めており, 検査陽性割合は当該2部署全体で21%(9/43名)であった。初発例が管轄外で濃厚接触者なしであったことなどもあり, 保健所は陽性者が4名発生した時点で事例を探知し, 陽性者に対する接触者調査を実施した。聴取された情報からは, 職場において濃厚接触者に該当する者は認められなかったが, 後日当該2部署全職員に対するスクリーニング検査を実施したところ, 新たな陽性者4名が探知された。保健所は濃厚接触者に準じた対応として, 当該2部署職員に対し2週間のテレワークまたは休暇を依頼した。今回の検討で陽性者の職場における座席位置を改めて確認したところ, 陽性者の座席は互いに向かい合わせまたは隣同士の傾向にあることが判明した()。また, 保健所による調査では, 向かいの席との間にはパーテーションはなく, 窓は1カ所で換気は朝1回のみであった。

考 察

 N501Y変異を有するSARS-CoV-2の変異株が検出された保育施設および事務所の集団発生事例2事例を振り返った。いずれの事例も, 探知した当初, 聞き取り情報のみからは濃厚接触者を選定することは困難であった。

 保育施設の事例では, 保健所による最終的な濃厚接触者の範囲は実施要領の定義に合致し, 適切な対応が行われていたと考えられた。初期評価において個人レベルの接触状況の把握が困難な場合でも, 幅広い対象者に検査を実施することで, 濃厚接触者を判断する上での聞き取り調査の限界を補うことが可能であることが示唆された。

 事務所の事例では, スクリーニング検査の結果や疫学情報を総合的に考慮すると, 陽性者の向かいや隣に長時間着席することが感染リスクであったと考えられた。従って, これらの位置に着席する職員は聞き取り上明確な接触がなかったとしても濃厚接触者, もしくは濃厚接触者に準じた対応が必要であったことが示唆された。

 今回の2事例からは, 実施要領1)における濃厚接触者の定義の変更を要する所見は認めなかった。集団発生事例の接触者調査では, 陽性者が接触した者や実施されていた感染対策の詳細を, すべての場面について把握することは困難なことが多い。一方で, 検査体制が整ってきた現在では, 幅広い対象者への検査が可能となりつつある。陽性者を認めた集団においては, 対象者を広めに設定した検査を実施し, その結果を疫学情報や感染対策実施状況と組み合わせることで, 濃厚接触者の選定のための情報を補完しうることが, 今回の調査によって示された。従って, 個々の接触状況の把握が困難な場合や, 潜在的に濃厚接触者の存在が疑われる場合, 一定期間に陽性者が複数認められた集団等においては, 濃厚接触者に該当する者の範囲を越えて, さらに幅広い対象者に対して検査を実施し, 検査結果に応じて濃厚接触者を選定していくことが, 感染伝播防止に有用であると考えられた。

 
参考文献
  1. 新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2021年1月8日暫定版)

神奈川県厚木保健福祉事務所    
国立感染症研究所         
 実地疫学専門家養成コース(FETP)
 実地疫学研究センター 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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