国立感染症研究所

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新型コロナワクチン接種率100%の高齢者施設におけるCOVID-19ブレイクスルー感染集団事例

(IASR Vol. 43 p22-23: 2022年1月号)

 
はじめに

 福井県における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)第5波の期間(2021年7月20日~10月14日)において, 県内の高齢者施設(施設)で計39例のCOVID-19症例の集積が確認された。当該施設の全職員62名, 入所者68名(A階の居室:29名, B階の居室:39名)は2021年4~7月に2回のワクチン接種を終え, ワクチン接種率は100%であったにもかかわらずクラスターが発生し, いわゆるブレイクスルー感染集団発生事例であった。今回, ブレイクスルー感染のクラスターがどのような状況, 環境下において発生したのかを明らかにし, 今後の対策に資するため, 実地疫学調査を行ったので, その結果について報告する。

対象と方法

 症例定義は, 施設の入所者または職員で, 福井県の第5波の期間である2021年8月27日~10月12日において, PCR検査にて新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)陽性と判定された者(症状の有無を問わない)とし, 施設の視察, 保健所が作成した調査票の確認, 関係者からの聞き取りを実施した。

 なお, 重症度の定義は, 「新型コロナウイルス感染症診療の手引き 第5.2版」の重症度分類に基づき, 軽症, 中等症Ⅰ, 中等症Ⅱ, 重症に区分した。

結 果

 発熱, 咽頭痛, 頭痛, 咳, 倦怠感等のCOVID-19の症状のうち, 1つ以上の症状を最も早く発症した者は, 9月10日に発症したA階の入所者であった。保健所が探知した9月20日までにすでに計27例の発症者があり, その後, 10月12日までに計34例の発症例, 5例の無症状者が確認された。探知の翌日および1週間後に全職員および全入所者に一斉検査を行うとともに, 症状が認められた者に関しては随時検査を行った。陽性例の基本属性は, 職員の年齢中央値は50歳(四分位範囲32-61歳), 入所者の年齢中央値は89歳(四分位範囲85-94歳)であった。また, 男性は8例(21%), 女性は31例(79%)であった。

 探知後にあらためて職員, 入所者の発症日を確認すると, のように探知時にはすでにA階の入所者や職員の中で感染が拡がっていたことが分かった。流行初期から連日A階の居室入所者で陽性例が確認され, その後B階へ感染が拡がったと考えられた。

 入所者の陽性例の一部の者は歩き回り, 他の入所者に話しかける者もいたが, 全症例が要介護3以上であり, マスク着用, 手指衛生やフィジカルディスタンスを確保するといった個人レベルにおける感染予防策を自身で行うことは困難であった。職員はマスクを着用していたが, 体温測定などの健康管理は自己申告制で記録もなく, 発症後も出勤したり, 探知前は手指消毒や環境衛生, 換気が徹底されていなかった, など, 感染管理対策としてさらに強化できる場面が認められた。なお, 施設の感染対策として, 外部の者との面会は禁止されていた。

 A階とB階の入所者は, レクリエーションや食事などでの交流はなく, 直接の接触はなかった。各階で食堂での座席は固定されており, 部屋ごとではなかった。また, 対面になっており, 入所者同士距離が近かった。食席での陽性例は散在しており, 偏りは認められなかった。職員は, 業務内容や担当する入所者が毎日異なり, A階, B階どちらにおいても勤務歴があった。

 以上より, A階については少なくとも9月8日(初発例の発症2日前)から最初の陽性例が探知された9月20日までの約2週間, 陽性例が存在していた。一方, B階の入所者の最初の陽性例の発症日前日の9月21日に, 県による感染対策の介入が行われた。最終的に無症状を含め39例が陽性例と判定された。陽性例は, A階とB階に出入りのあった職員41人のうち13例〔attack rate(AR):32%〕, A階入所者29人のうち20例(AR:69%), B階入所者39人のうち6例(AR:15%)であった。 なお, 重症例は入所者1例(転帰はCOVID-19による死亡)であった。

 施設は, 施設内で確認された最終陽性例を隔離した9月28日から23日後の10月21日に, 再度のPCR検査で全員が陰性であることを基に集団発生の終息を確認した上で, 再開した。

考 察

 本事例は, 職員, 入所者ともにワクチン接種率100%であった施設において発生したSARS-CoV-2集団感染事例であった。

 発症が最も早かった症例は行動範囲が限られている入所者であったことから, その前に職員の陽性例がいた可能性が高いと思われた。ワクチンの効果により, 症状が軽く, 本人を含め感染していることを探知しにくかったことが感染拡大につながった可能性がある。施設内では, マスク着用などの感染予防策が実施できない入所者の同居室内や食堂での交流や, 職員を介して, 感染が拡大した可能性が高い。

 閉じられた環境に限っては, 健康観察において, 体温測定の実施, 咳や鼻汁といったその他の症状も記録し, 有症状者の集積を早期に探知できるような症候群サーベイランスの導入が必要であると考えられた。

 症候群サーベイランスを実施し, 1例でも陽性例を探知した場合, 地域の流行状況など包括的なリスク評価を行いながら, 濃厚接触者検査より幅広い検査を実施することが有用であると考えられた。

 A階とB階の入所者, 職員とA階入所者の間にARに差があった要因として前者は, 入所者の介護度や基礎疾患といった特性や生活様式に大きな差がなかったことから, ウイルスへの曝露期間の差, 後者はマスク着用や手指衛生といった個人感染予防策の実施率の差によるものと考えられた。

 今回の事例のように, ワクチン接種だけではSARS-CoV-2の感染や伝播を完全に予防できないことから, ワクチン接種後も, 引き続きマスク着用, 手指消毒など, 感染予防対策の徹底が求められる。

 謝辞:ご協力いただいた当該施設や自治体の関係者の皆様に深く感謝致します。


福井県健康福祉部保健予防課
 五十嵐映子 宮下裕文  
福井県丹南健康福祉センター
 定由道子 大西良之   
国立感染症研究所     
実地疫学専門家養成コース
 塚田敬子 井上英耶  
実地疫学研究センター  
 神谷 元 砂川富正

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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