国立感染症研究所

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百貨店従業員において発生した新型コロナウイルス感染症クラスター事例, 2021年7月

(IASR Vol. 43 p43-45: 2022年2月号)

 

 2021年7月から東京都および大阪府内の複数の百貨店従業員の間で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者が増加した。同年6月以前のたび重なる国内COVID-19流行時には確認されなかった患者数の急増であった。比較的大規模な事例として疫学調査の対象となり, 情報提供の協力が得られた3百貨店(A, B, C)の事例について, 調査から得られた知見を報告する。

 症例定義は, 「百貨店所属の従業員と百貨店内の取引先従業員のうち, PCRまたは抗原検査で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が陽性であり, 百貨店Aでは2021年7月1日~8月7日, 百貨店Bでは7月6日~8月7日, 百貨店Cでは6月12日~9月10日に報告された者」とした。各百貨店において, 保健所に報告された陽性者情報, 百貨店が収集した情報(陽性者行動歴, CO2測定結果, 検査件数と結果等)の他, 現地視察, 症例およびフロア責任者への聞き取り調査等から情報を收集した。なお, 複数の陽性者が同一店舗およびフロアで確認された場合等, 百貨店または店内店舗の判断により店舗, 複数店舗で構成される売場(サークル:後述)およびフロア単位でスクリーニングが行われていた。

百貨店A

 症例定義を満たしたのは169例, 年齢中央値は32歳であった()。所属は, 本館が126例(75%)であり, そのうち地下食品売場が多かった。家族や友人等, 職場以外で陽性者と明確な接触があった症例は13例(8%)であった。症例は, 7月30日の発症をピークに発生し, その後減少傾向であった。地下食品売場では複数店舗のショーケースが柱を囲む「サークル」という形で販売が行われていた。陽性者は売場全体で発生していたが, 洋菓子エリア36例(本館地下1階の55%), 次いでそうざいエリア13例(同階の20%)と多く, 一部のサークルに症例が集積していた。初期の陽性者は発症前の感染性のある期間に勤務していた例が多く, その後1週間程度で同サークル内に複数の陽性者が発生する傾向があった。7月の検査件数は総計217件, 陽性件数75件(35%)であり, それと比較して, 食品売場では検査44件, 陽性23件(52%)と陽性割合は高かった。

 現地視察では, 従業員のマスク着用や黙食が確認された一方, 手指消毒剤としては推奨されない次亜塩素酸水の使用や, 十分量が出ない消毒剤容器の使用と消毒剤に手が届きにくい配置を認め, 食品売場では接客ごとではなく, 客が途切れた時のみ手指衛生が実施されていた。上層階の休憩室や食堂は十分な広さと窓や換気設備があったが, 地下にある食品売場休憩室は密な状況で使用されており, 窓や扇風機等の設備もなかった。換気量に関して, 地下食品売場や職員休憩室では時間帯によりCO2濃度が900ppmを超えていた。

 百貨店Aでの患者発生は, 7月下旬からの地域の新規感染者数増加と時期が一致していた。市中での感染の広まりに応じて, 客から従業員へ感染する機会, 従業員が私生活で感染し, 職場に持ち込む機会も増えたことが疑われた。複数陽性者が発生した店舗, 特に食品売場では, 勤務中に店頭での同サークル内の従業員同士で, 飛沫・接触感染が起こっていた可能性がある。地下の食品売場休憩室では, 飛沫感染に加え換気が悪く, 閉鎖空間が密に利用されていたことによるエアロゾル感染により, 店舗をまたいだ従業員同士で感染が起こっていた可能性も考えられた。また, 食品売場では検査陽性割合が52%と高かったにもかかわらず, 一斉検査が限定され, フロア単位の幅広な検査は行われていなかったことから, 無症状例の一部が見逃され感染を広げた可能性がある。ただし, 以上の要因は以前からあったものであり, 7月以降の第5波で初めて大規模な集団発生が起きた明確な原因は不明であった。ワクチンの職域接種は取引先従業員を除く百貨店従業員に7月から開始されていたが, 陽性者のワクチン接種歴は不明であった。また, 同時期に国内で流行が拡大したデルタ株の関与, 取引先従業員の健康確認状況, 客-従業員間感染についても評価が困難であった。

百貨店B

症例定義を満たしたのは187例, 年齢中央値は43歳であった()。所属は, 地下1階, 後方業務, 1階の順に多かった。発症日は4連休(7月22~25日)直後の7月26日に発症者のピークを認め, その後速やかに減少した。

 現地視察(8月上旬)では, 従業員の出勤時の健康管理, エレベーター前のアルコール製剤の設置, 従業員用食堂に1席ごとのパーティションの設置等の対策が実施されていた。接客時の手指衛生は一部の従業員で手袋着用のみであった。また, 店内各店舗では飛沫飛散防止のために天井近くから吊り下げられたビニールシートが設置されていたが, 換気を妨げている可能性があったため撤去された。COVID-19対策や発生状況についての情報等は朝礼や従業員専用のインターネットサイト等を介し, 百貨店従業員だけでなく, 取引先従業員へも提供されていた。ワクチン接種は百貨店と取引先それぞれの方針に基づき実施されていた。

 発生状況や聞き取り調査から, 同一店内の接客担当や同一作業エリア内で同時期に複数の感染者発生が確認され, 一部従業員の不適切なマスク着用, 同僚と会話をしながらの食事, 密な状況での歯磨きが観察された。従業員は, 店舗内の換気不良を感じていた。また, 客の中にはマスクを適切に着用できていない者, 外して会話する者, 咳をする者もいたとのことであった。これらのことから, 何らかの経路で百貨店内へウイルスが持ち込まれた後, 従業員間の感染伝播によりクラスターに至った可能性が考えられた。

百貨店C

 症例は227例, 年齢中央値は34歳であった()。所属は地下1階, 2階, 1階の順に多かったが, 様々な階からの発生も認められた。発症日は8月15日にピークを認め, その後減少したが, 数例の発症者が継続した。

 現地視察(8月上旬)では, 店舗内での従業員の適切な不織布マスクの着用, ショーケース上等でのアクリル板設置, 物品等の頻回な消毒と清掃が確認された。百貨店は来店客に対し, マスク着用を推奨, 手指消毒の推奨, エレベーターの利用人数制限等を行っていた。また, バックヤード(百貨店内で売場ではない場所:食堂, 事務所, 休憩所, 作業場など)では, 食堂に席ごとにパーティションの設置, 換気不良の後方部門の部屋へサーキュレーターの設置, 従業員の健康状態確認, 体調不良時の対応体制整備, 感染対策改善についての意見箱設置, 等の取り組みが実施されていた。一方, 現地視察や聞き取り調査等から, 食堂・休憩所・喫煙所・洗面所(歯磨き)・パウダールーム(歯磨き/化粧直し)・更衣室は時間帯によって密接・密集があり, マスクを外した会話が認められた。また, 接客ごとの手指消毒剤による手指衛生が推奨されていたが, 混雑時は未実施な場合があった。手指消毒剤は, アルコール製剤または手指消毒剤としては推奨されない次亜塩素酸水が利用されていた。COVID-19の情報共有は朝礼で店舗責任者へ行われていたが, 百貨店内の発生状況は個人情報を考慮して情報共有を行わない方針がおおむねとられていた。ワクチン接種は百貨店従業員が百貨店の方針, 取引先従業員が所属する会社の方針で実施されていた。

 今回のクラスター発生後, 実施された対策(9月中旬現在)はすべての手指消毒剤をアルコール製剤へ変更し, 適切な場所へ設置, 十分な量が噴射できる消毒剤容器を使用, 食堂では可能な限り対角線上に着席, 一人での食事・黙食の徹底, 歯磨き時の注意事項の周知, 感染対策徹底のための巡回強化, 多くの症例が発生したフロアへの来店客入場制限, CO2測定機の設置, 店舗の感染対策状況の評価やその還元, 等の取り組み強化や改善がなされた。

 発生状況や聞き取り調査から, 売場従業員の感染対策はほぼ適切に実施されており, 店舗または売場内での従業員間の感染伝播は限定的であったと考えられた。しかしながら, 市中のCOVID-19発生数の増加に伴い, 従業員の日常生活等での感染による職場への持ち込みの可能性が高くなり, バックヤードではマスクを外す場面や, 密接・密集する場面での感染伝播のリスクが高まったと考えられた。さらに, 来店客の中にはマスクの未着用者または不適切な着用者を散見し, 百貨店内で飲み歩き等をする者も観察されたことから, 来店客から従業員への感染伝播があった可能性も否定できない。

 百貨店A, B, Cの事例を踏まえ, 百貨店内の感染伝播防止のために, 従業員の適切なマスクの着用, 黙食, 密接・密集する場面や会話の回避, および来店客による適切なマスク着用は必要である。加えて, 百貨店が検討する必要のある対策として, 複数陽性者発生時に幅広く対象を設定したうえでの一斉検査, 売場や休憩所の地点ごと・時間帯ごとのCO2濃度に応じた適切な換気や, 入場者・利用者数調整による密の回避, 濃度が少なくとも60%以上のアルコール消毒剤を十分量用いた手指衛生の徹底, バックヤード(特に食堂, 休憩所, 洗面所, パウダールーム, 更衣室, 喫煙所)対策, 等が挙げられた。また雇用形態の特徴からは, 百貨店が各店舗とも連携し, 取引先従業員に対してもワクチン接種, 適切な健康管理や情報共有, 感染予防策の強化を推進できれば, より安全な百貨店運営に結び付くと考えられた。

 謝辞:調査に御協力いただきました百貨店A, 百貨店B, 百貨店Cの皆様に心より感謝申し上げます。


 
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