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単科精神科病院の療養病棟で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)集団感染事例の血清疫学調査(第二報)

(IASR Vol. 43 p45-47: 2022年2月号)

 
はじめに

 我々はこれまでに, 2020年9月に県内の単科精神科病院において発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の集団感染事例とその対応, および事例発生から約2カ月後の血清疫学調査の結果について報告してきた1,2)。今回, 本事例における調査対象者の抗体測定結果について, 事例発生から1年間の動態と感染歴のある人へのワクチン接種に関する知見が得られたので報告する。

方 法

 調査対象者は, 当初はPCR法等で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が確認され, COVID-19確定症例となった入院患者と職員あわせて63人(同意が得られず既報より1人削除)であったが, 退院等の諸事情により事例発生13カ月後の採血時には53人となった。抗体測定の方法については既報のとおりである2)。採血とワクチン接種のタイムスケジュールを図1に示した。ELISA法により事例発生から2, 3, 4, 5, 6, 7, 8および13カ月後の抗SARS-CoV-2抗体を測定し,2, 5, 8および13カ月後の血清については中和抗体価も測定した。なお, 入院患者49人中40人への新型コロナワクチンの接種は, 事例発生から9~11カ月後の間に2回実施した。残りの9人は諸事情により未接種か, もしくは退院により接種状況を確認できなかった。また, 職員14人中12人へのワクチン接種は, 事例発生から7カ月後の採血後に1回目を, 8カ月後の採血後に2回目を実施した。残りの職員1人は事例発生から12カ月後に, もう1人は事例発生から13カ月後の採血の後にそれぞれ2回接種した。ワクチンはファイザー社製コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチンを使用した。

結 果

 入院患者および職員における抗SARS-CoV-2抗体の経時的変化を図2に示した。事例発生2カ月後および7カ月後の抗SARS-CoV-2抗体保有率は, それぞれ96.8%(61/63)と94.8%(55/58)と, 同等であった。個人によって抗体の増減に差はみられたが, 各採血時のELISA光学濃度(O.D.値)の幾何平均値から, 抗体は経時的に減少し, ワクチン接種により再び上昇する傾向がみられた。職員については2回目のワクチン接種を終えて5カ月(事例発生から13カ月後の採血時)が経過したときには, 抗体は減少傾向に転じていた。また, 職員2人については感染後に抗SARS-CoV-2抗体の陽転が認められなかった。このうち1人はワクチン接種により陽転したが, もう1人は陽転せず, 中和抗体の上昇も低かった。

 中和抗体価の経時的変化を図3に示した。中和抗体保有率は事例発生2カ月後に81.0%(51/63)であったが, 6カ月後には75.9%(44/58)に低下しており, 抗SARS-CoV-2抗体と同様に, 中和抗体価も経時的に低下する傾向がみられた。入院患者では, ワクチン接種後に採血ができた38人中37人が接種後に中和抗体価が320倍以上に上昇した。残りの1人については, 抗体価は上昇していたが160倍であった。職員では, ワクチン接種を受けた11人中10人が1回目の接種後に中和抗体価が320倍以上に上昇し, 残りの1人は10倍未満であった。この職員は感染後も抗体の上昇はみられず, 2回目のワクチン接種を終えた5カ月後の中和抗体価も20倍と低かった。また, 1回目の接種後に中和抗体価が320倍以上となった10人中少なくとも6人は, 接種5カ月後も320倍以上の抗体価を維持していた。

考 察

 本調査では, 調査対象者の抗SARS-CoV-2抗体は経時的に減少していたが, 事例発生7カ月後でもほとんどの調査対象者から検出された。事例発生6カ月後には中和抗体の保有率が低下していたが, 先行研究では患者のほとんどが, 発症から3~6カ月後も中和抗体レベルが維持されていたことが報告されている3, 4)。これは検査方法の違いのほか, 市中での再感染によるブースターの有無も要因として挙げられる。本事例の入院患者は, 再感染のリスクが極めて低い環境下で療養中であることから, 今回示した入院患者の結果は, 単回曝露における抗体の動態を示していると考えられる。

 ワクチンを接種した入院患者は, 事例発生から13カ月後の採血時には2回目のワクチン接種を終えて1カ月以上が経過しており, この時の抗体上昇はワクチン接種によるものと考えられた。また, 職員における事例発生から8カ月後の抗体上昇は, ワクチンの接種時期から考えて1回目のワクチン接種によるものと考えられた。現在国内では, 過去にSARS-CoV-2に感染した人に対してもワクチンを接種することはできるが, その効果等については議論の対象になることが多い。しかし本調査では, ワクチン接種後における抗SARS-CoV-2抗体および中和抗体は有意に上昇している。また, 感染歴のある人へのワクチン接種は, 感染歴のない人へ接種したときと比較して高い抗体が早期に得られることが報告されている5)。これらのことから, 感染歴のある人へのワクチン接種は速やかな抗体の誘導が得られ, 非常に有用であると考えられた。

 職員の中にSARS-CoV-2の感染に対して抗体応答が弱い, いわゆるローレスポンダーと考えられる症例が2例存在した。1例はワクチン接種により320倍以上の中和抗体価を獲得したが, 1例はワクチン接種後の抗体応答も低調であった。ウイルス感染では免疫応答が低い人でも, ワクチン接種で高い抗体価を獲得できる場合もあると考えられた。一方, 感染でもワクチン接種でも免疫応答が低いローレスポンダー, またはノンレスポンダーが市中には存在すると考えられ, その実態や再感染のリスク等を明らかにするためにも, 感染歴やワクチン接種歴のある人を対象とした血清疫学調査が必要である。

 今回, 本調査の特徴である単回曝露の集団における抗体価の経時的な動態と, 感染歴のある人に対するワクチン接種の有用性について明らかにした。今後, 細胞性免疫の獲得状況を調査するとともに, 適宜抗体測定を実施し, それらの結果についてもいずれ報告したい。

 謝辞:JA三重厚生連鈴鹿厚生病院関係者の皆様をはじめ, 本調査にご協力いただいたすべての方々に深謝いたします。

 

参考文献
  1. 原 康之ら, IASR 42: 207-209, 2021
  2. 楠原 一ら, IASR 42: 210-211, 2021
  3. Goto A, et al., Front Microbiol 12: 661187, 2021
  4. Yamayoshi S, et al., EClinicalMedicine 32: 100734, 2021
  5. Krammer F, et al., N Engl J Med 384: 1372-1374, 2021

三重県保健環境研究所           
 楠原 一 北浦伸浩 中井康博      
JA三重厚生連鈴鹿厚生病院         
 中瀬真治 金原伸一 平野 均      
三重県医療保健部             
 原 康之 宇野智行           
 下村孝枝(現三重県伊勢保健所) 紀平由起子
 田辺正樹(現三重大学医学部附属病院)   
国立病院機構三重病院           
 谷口清州                
国立感染症研究所             
 神谷 元 駒瀬勝啓 黒澤克樹

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