国立感染症研究所

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下水中から検出される新型コロナウイルス変異株の塩基配列解析について

(IASR Vol. 43 p264-265: 2022年11月号)
 
はじめに

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はRNAウイルスであり変異株の出現は避けられないことから, 新たに出現することが想定されるウイルス株の感染力, 病原性, ワクチンの効果等を評価するために, 迅速に変異株を検出できる手法が求められている。下水には上気道, 糞便由来のSARS-CoV-2が含まれているため, 下水中のウイルスゲノム検出事例が国内外で報告されている。福島県では2013年度よりポリオ環境水サーベイランス(感染症流行予測調査事業への協力)を実施しており, 本調査方法は腸管系ウイルスの監視に優れた感度特性を持つ。本報告では, 下水中のSARS-CoV-2遺伝子について, サンガーシーケンス法によりレセプター結合部位の解析を試み, 臨床由来検体の解析結果と比較を行った。

方 法

 2022年2~7月に, AおよびB処理場2カ所において採取した流入下水を使用し, SARS-CoV-2遺伝子解析を行った。採水した流入下水を粗遠心後, 上清画分はポリエチレングリコール法により100倍濃縮を行い, QIAamp UltraSens Virus Kitを用いてRNAを抽出した。沈殿画分はRNeasy PowerSoil Total RNA Kitを用いてRNAを抽出した。得られたRNAはRT-nested PCR法により増幅後1), ダイレクトシーケンス法により得られた塩基配列(372bp)をPANGO系統に分類し, 新型コロナウイルスゲノム解析プロトコル2)を用いて処理場がカバーする区域内の臨床検体から検出されたウイルスのPANGO系統と比較した。

結果および考察

 レセプター結合部位を標的とした塩基配列の解析結果より, オミクロン変異株のBA.1, BA.2, BA.4およびBA.5系統の変異を認めた。AおよびB処理場ともに処理場がカバーする区域内のヒト由来変異株検出割合に反映する変異株系統の検出であり, 地域の流行状況を反映した結果であった()。

 感染者に対するクラスター解析等の詳細な解析には次世代シーケンスを用いた全ゲノム解析が有用である一方, 既知の変異株の判定は, 広く普及しているサンガーシーケンス法による部分的な配列解析でも十分可能である。下水を用いることで顕性, 不顕性感染にかかわらず, 集団中のSARS-CoV-2を解析することができ, 地域に浸淫する変異株を迅速に探知するスクリーニング手法として有用性が示唆された。ただし反応阻害物質等が原因と考えられる解析不能の場合もみられ, 手法の検討が必要である。

 謝辞: 検体採取に協力いただいた処理場, 保健所, 医療機関およびゲノム解析のための計算サーバーを使用させていただいた国立感染症研究所病原体ゲノム解析研究センターの先生方へ深謝します。本研究は厚生労働行政推進調査事業補助金20HA2007による支援を受けた。

 

参考文献
  1. Lee SH, Viruses 13(12): 2386, 2021
  2. 国立感染症研究所, 新型コロナウイルスゲノム解析マニュアル2022年2月版 Qiagen社 QiaSEQ FX編 version 1.4

福島県衛生研究所       
 北川和寛 尾形悠子 藤田翔平 斎藤 望 柏原尚子 木幡裕信
福島県保健福祉部       
 金成由美子         
国立感染症研究所ウイルス第二部
 喜多村晃一 吉田 弘 

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