国立感染症研究所

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富山県における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のゲノム解析所見(2020年3月30日~5月18日)

(IASR Vol. 41 p188-190: 2020年10月号)

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の全国的な流行が継続する中, 富山県では2020年3月30日に最初の症例が確認された。その後, 8月30日までに385例の症例が報告されている。今回, 3月30日~5月18日までに報告された227例のうち厚生労働省通知(健感発0316第3号)に沿ってゲノム解析を国立感染症研究所(感染研)病原体ゲノム解析研究センターに依頼し, ゲノム確定できた145例について塩基変異を基にしたゲノムネットワークをにまとめたので報告する。感染研では, ダイヤモンドプリンセス号でのCOVID-19のクラスター発生, 国内でのCOVID-19の流行についてゲノムネットワーク解析によるウイルスゲノム解析の評価を実施している1,2)。積極的疫学調査にゲノム情報を統合することで感染経路の解明の一助になることが期待される。

方 法

3月30日~5月18日の期間に富山県内でCOVID-19と疑われた2,407例について, 感染研で公表されている定法3)に従って, 定量リアルタイムRT-PCR法(以下, PCR)を行った。全ゲノム確定には, 103コピー(N領域で換算)/μL濃度以上のゲノム量が必要なため, おおよそCt値32以下の検体を分析対象として用いた。感染者の鼻咽頭ぬぐい液, もしくは喀痰からQIAGEN Viral RNA Mini Kitを用いて精製された検体RNAの残余液を感染研病原体ゲノム解析研究センターへ送付し, multiplex PCR法によりウイルスゲノム全長を増幅して4), 次世代シークエンサーによりゲノム配列を確定した後, ゲノムネットワークを作成した。

結果と考察

富山県内で調査期間中に発生した227例のうち原因ウイルス145株のゲノムネットワークをに示した。には本図で用いる事例(A-G)と, それぞれの事例に関する疫学情報を示した。

県内の流行初期にあたる3月下旬~4月上旬に, 疫学情報から県外由来もしくは県外由来と推定される事例A-Dに関連したウイルス株による症例が発生した。

このうち, 事例Aに関連する症例について以下に記載する。当該症例の接触者調査において, 非濃厚接触者の中から1例の感染例が検出された。調査時点では, 当該症例と同症例との関連性は疑問視された。しかしながら, ゲノム解析の結果は当該症例と近接のウイルスゲノムであったことから, 当該症例からの感染事例であることが推察された。また, 施設①において当該症例の二から四次感染が発生し, 結果的に4例の感染者が発生した。一方, 施設②(施設①から直線距離で12km離れている)においても1名の感染者(ゲノム情報なし)が確認され, さらにその濃厚接触者2名から事例Aの主要なゲノム配列とは1塩基異なるウイルスゲノムが検出された。このことから, 施設①と施設②の疫学リンクは不明であったが, この2施設間でのウイルス伝播の可能性が推察された。結果的に本事例では当該症例を含め14例の感染が確認され, 12例から事例Aに関連するウイルスゲノムが検出された。

前述の事例Aの原因ウイルス株は, の右側中央に位置する県内の主要事例Fを含む40症例(矢印)およびE, Gの原因ウイルスとは少なくとも6塩基の違いがあった。一方, 事例Dを含む5例の原因ウイルス株と事例Fを含むウイルス株は1塩基のみの違いであったことから, 事例Dを含む症例の原因ウイルスが県内固有の流行株となった可能性が示唆された。

また, 県内の3月下旬~5月に発生した事例E, F, Gの原因ウイルスには1-3塩基の違いしか認められなかったことから, この間にほぼ同一のウイルス株が県内の感染伝播に関与していたことが推察された。この所見は, 県による外出自粛要請や政府の緊急事態宣言により, 県民がこの期間に県境を越える移動を控えたことが影響したと考えられた。また, 疫学調査では事例E, F, G間には明確な疫学リンクは認められなかったが, 原因ウイルス株がほぼ同一であった所見から, 無症候あるいは軽症の感染者が市中でのウイルス拡散に関与した可能性が示唆された。

疫学的に患者間でウイルスが絶え間なく感染と増殖を続けたと仮定した場合, 塩基が1カ所変異するのに約15日を要すると推定されている5)。この所見は, 本調査期間(約2カ月)に認められた県内確認の流行ウイルス株の塩基変異数が1-4塩基以内であった所見と矛盾しない。

結 論

今回のウイルスゲノム解析により, 3月下旬に県外由来のウイルス株が流入し, その後の4月上旬~5月下旬にかけて, 県内では固有のウイルス株による感染伝播が維持されていたことが推測された。また, ウイルスゲノム解析が積極的疫学調査を補完するツールとなることが示された。

緊急事態宣言解除後, 7月に入ってから発生している感染例についても, 引き続きゲノムネットワーク解析を進めている。この期間には県外から持ち込まれているリンク不明例も多いことから, 初期の流行とは異なるゲノムネットワーク図が予測される。今後も実地疫学に基づいた患者情報だけでなく, ゲノム情報も積極的に活用することで感染経路の特定に活用したい。

 

参考文献
  1. Sekizuka T, et al., Proc Natl Acad Sci USA 117(33): 20198-20201, 2020
  2. Sekizuka T, et al., medRxiv
    https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.07.01.20143958v1
  3. Shirato K, et al., Jpn J Infect Dis 73(4): 304-307, 2020
  4. Itokawa K, et al., bioRxiv
    https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.03.10.985150v4
  5. Nextstrain SARS-CoV-2 resources
    https://nextstrain.org/ncov?l=unrooted
 
 
 
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