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大腸内視鏡検査により診断のついたアメーバ性大腸炎1例

(IASR Vol. 37 p.243-245: 2016年12月号)

はじめに

Entamoeba histolyticaの感染によって引き起こされる赤痢アメーバ症は,腸管アメーバ症と腸管外アメーバ症に分けられ,赤痢様の激しい急性症状を示す場合をアメーバ赤痢,慢性の経過で血便のない軽症の場合をアメーバ性大腸炎と呼んでいる1,2)。今回我々は,大腸内視鏡検査を契機に診断のついた女性のアメーバ性大腸炎1症例について報告する。なお,本症例については日本臨床寄生虫学会誌(Vol. 26,100-103, 2015)において掲載済みである。

 症 例

患者概要:41歳,女性,日本国籍。喫煙20本/日,飲酒なし,1年以内の海外渡航歴なし。性風俗業に従事。

現病歴:2014年12月難治性の下痢により当科を受診。患者は元々便秘気味であったが,2013年8月ごろ(来院4カ月前)より下痢がみられ,発症初期はトイレから出られないほどの持続的下痢が続いた。当科受診時はやや改善しており,1日に7~8回の下痢を認める程度であった。

血液生化学検査:血清総蛋白値(5.9g/dL)およびアルブミン値(3.1g/dL)が低値を示しており,白血球の好酸球数比(10.8%)に増加が認められた。

確定診断までの経緯

2013年8月難治性下痢により栃木県内の病院で大腸内視鏡検査を実施。盲腸全体に浮腫,発赤,輪状潰瘍を認めたことから,潰瘍性大腸炎の初期病変,または何らかの感染性腸炎の合併を疑った。

便培養(SS寒天培地,DHL培地,TCBS培地,マンニット食塩寒天培地)および生検組織を用いた培養(ヒツジ血液寒天培地/チョコレート寒天培地,DHL培地)では病原性細菌類は検出されず,抗酸菌試験も陰性であったことから,整腸剤で対処した。その結果,下痢症状は1日に2~3回と改善したため経過観察となった。

2014年8月,初診から1年後の大腸内視鏡検査において,前回と同様,盲腸から上行結腸に炎症像が認められた。同部位の組織生検で上皮表層に栄養型アメーバが検出されたため,当科へ紹介受診となった。

当科で大腸内視鏡検査を再度実施したところ,盲腸付近に多発する出血性のびらんを認めた()。病巣部の組織生検では上皮の再生性変化とともに,上皮表層に栄養型アメーバが検出された。また,粘膜固有層にはリンパ球と好中球が主体の浸潤,および軽度の好酸球浸潤が認められた。

糞便の顕微鏡検査では,栄養型および嚢子型アメーバは検出されなかった。しかしながら,糞便からのDNA抽出物によるPCR検査において,E. histolytica特異的遺伝子が検出されたことから,本症例はE. histolyticaの感染を原因とするアメーバ性大腸炎と診断した。

PCR検査および遺伝子のシークエンス解析

患者より採取した糞便検体はやや軟の有形便で,目視上血液の混入は認められなかった。同検体はQiagen DNA stool mini kitを用いて,DNA抽出物を調製した。検体より回収したDNAを鋳型とし,E. histolytica tRNA NK2領域の特異的プライマーでPCRを行ったところ,約600bpのフラグメントの増幅が認められた3)。さらに,6カ所の遺伝子座のshort tandem repeats (STR) を標的とし,その配列パターンを解析した3)。その結果,本症例から分離された株は,Cadiz AE, et al.が2010年に報告している日本株J13の型別パターンに類似していたが,これまでに報告のない遺伝子配列も含まれる株であった4)

腹部CT検査

アメーバ性大腸炎の診断後,腹部CT検査を実施。盲腸周囲の炎症像を認めたが,肝膿瘍の形成はみられなかった。

治療経過

アメーバ性大腸炎の診断後,2015年1月よりメトロニダゾール1,500mg,10日間内服を開始。内服終了1カ月後および2カ月後に糞便検査を実施したところ,いずれの検査でもE. histolyticaの嚢子および特異的遺伝子は検出されなかった。

考 察

アメーバ性大腸炎は直腸病変を伴うと下血などの消化器症状を呈するが,口側大腸に病変が限局すると自覚症状が出にくい5)。自覚症状の無い症例では糞便中から嚢子が検出されることはほとんどなく,通常の組織生検検査のみでは正診率が低いため,病原体は特定されにくい5,6)。したがって,本症の拡大阻止には不顕性感染者の早期診断が鍵となる。このたびの症例では,赤痢までは至っていないものの,下痢が続く状況で行った大腸内視鏡検査が契機となって原因を確定することができた。つまり今回のような症例を見逃さないためには,積極的に本症を考慮した上で大腸内視鏡検査を実施し,生検検査,PCR検査または抗体検査を組み合わせることが有効と示唆された。

これまで,赤痢アメーバ症のハイリスク要因として男性同性愛者の同性間性的接触が指摘されてきた。しかしながら,近年の傾向として女性患者の増加や,男性患者であっても感染経路は同性間性的接触と異性間性的接触の割合が同程度になっていることが報告されている2)。このたびの症例は日ごろ性風俗業に従事し,1年以内の海外渡航歴および外国人との性的接触はなかったが,男性客の肛門をなめた経験を申告していた。したがって,今後は従来のリスク要因に加え,異性間性的接触や性風俗業に関連した感染経路も注視するべきと考えられた。

 

参考文献
  1. 大川清孝,赤痢アメーバ感染症,感染性腸炎A to Z,大川清孝,清水誠治編,医学書院,東京,128-139,2008
  2. IASR 35: 223-224,2014
  3. Ali IKM,et al.,J Clin Microbiol 43: 5842-5847,2005
  4. Escueta-de Cádiz A,et al.,Parasitol Int 59: 75-81,2010
  5. 岡本 勝ら,鳥取医誌 38: 83-88,2010
  6. 竹田 晃ら,日本内科学雑誌 99: 141-143,2009

獨協医科大学熱帯病寄生虫病学講座 川合 覚 千種雄一
獨協医科大学病院消化器内科 有阪高洋 平石秀幸
国立感染症研究所寄生動物部 津久井久美子 野崎智義

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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