国立感染症研究所

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大阪府域における梅毒の発生状況(2006~2015年)

(IASR Vol. 37 p. 142-144: 2016年7月号)

はじめに

近年, 梅毒の届出が全国的に増加しており, 特に2010年以降の増加は顕著である。感染経路としては男性同性間の性的接触によるものが2008年以降増加を続けている一方で, 異性間性的接触による男性の届出が2012年以降増加し, 大部分の届出を異性間性的接触が占める女性においても2013~2014年にかけて届出が倍増している1)

大阪府は東京都に次いで梅毒の届出数が多い自治体であるが, 今回, 大阪市が病原微生物検出情報(IASR)に梅毒の発生状況を報告する(本号26ページ参照)のに併せて, 大阪市を除く大阪府域の梅毒の発生状況について報告する。

方 法

感染症発生動向調査システム(NESID)に登録された症例のうち, 2006~2015年に大阪市内を除く大阪府内(大阪市以外の政令市・中核市を含む)で診断され届出された梅毒症例データを2016年1月13日に抽出し, 分析を行った。また, 2015年の人口当たりの届出数の算出には, 2016年3月1日現在の毎月推計人口の値を利用し, 府全体の人口から大阪市域の人口を減じた値(大阪府域人口総数:6,139,665人, 男性:2,948,047人, 女性:3,191,618人)を用いた。

結 果

大阪市を除く大阪府域における届出数は, 2010年以降増加傾向にあるが, 男女とも2013年に急増した(図1下)。感染経路別届出数の推移(図1上)は, 大半が性的接触による感染であった。両性間を含む同性間性的接触による感染の届出が2010年以降増加傾向であったが, 2014年をピークに2015年には減少した。異性間性的接触による感染の届出は2011年以降増加傾向だが, 2012年以降ののびが大きかった。母子感染の届出が期間中2件有り, 2009年の1件は新生児の事例で真の母子感染の事例と思われた。また, 2011年に針等の鋭利なものの刺入による感染が1例報告された。

女性においては男性に比べると届出数は約3分の1と少ないが, 若年層が多い。女性における年代別の届出数は, 2012年に10代~40代の届出がいったん増加した後, 数年間ほぼ横ばいであったが, 2015年に10代~20代の届出が急増していた(図2)。

2015年の届出数は, 69例(人口10万対1.1)であり, 2010年の14例に対して4.9倍であった。男性の届出数は54例(人口10万対1.8)であり, 2010年の11例に対して4.9倍であった。また女性の届出数は15例(人口10万対0.5)であり, 2010年の3例に対して5.0倍であった。

男性54例の病型の内訳は, 早期顕症梅毒(I期)28例(52%), 早期顕症梅毒(II期)18例(33%), 晩期顕症梅毒4例(7?%), 無症状病原体保有者4例(7%)であった。女性15例の病型の内訳は, 早期顕症梅毒(I期)3例(20%), 早期顕症梅毒(II期)6例(40%), 晩期顕症梅毒0例(0?%), 無症状病原体保有者6例(40%)であり, 早期顕症梅毒の割合が前年の20%から60%まで急増した(データは示さず)。また, 届出医療機関の内訳は, 病院が26例(38%), 診療所が43例(62%)であり, そのうち無症状病原体保有者数および割合はそれぞれ病院7例(27%), 診療所3例(7?%)であった。感染地域は大阪市を除く大阪府内36例(52%), 大阪市12例(17%), 大阪府外21例(30%)であった。

考 察

届出数がそれ程多いわけではないが, いくつか特徴的なことが分かった。まず, 男性においては今回の大阪市の報告や川崎市の報告2)にある, 同性間の性的接触による一過的な流行を示すような届出の増加と減少が大阪府域の届出からも同様に認められた(図1, 2013~2015年)。また, 女性の届出は男性に比べ少ないが, 2012年頃から異性間の性的接触による前駆的な小流行が発生していた可能性が示唆された。

大阪府の取り組み

大阪府では2009年の先天梅毒の届出以降, 梅毒届出数の推移に注視してきた。保健所やHIV特設検査場においてHIV検査と同時に梅毒抗体検査を受検可能であるが, それに加え, 男性とセックスする男性向けのHIV/STI検査事業においても梅毒検査を実施している。また, 2013年の11月からの1年間に3回にわたり男性同性愛者のcommunity-based organization(地域社会に根ざした組織)であるMASH大阪が発行するゲイコミュニティ向けHIV/エイズ啓発資材に梅毒の記事を寄稿し, 梅毒に対する注意を呼びかけた3)。女性の梅毒届出の増加を受け, 2015年1月には 「主にセックスワーカー(SW)として働く人達が安全・健康に働けることを目指して活動しているグループ」 であるSWASHに協力を依頼し, SW向け梅毒啓発チラシを作成し, 府内の風俗産業関連商業施設やSWに配付していただいた4)。さらに, 府内の梅毒届出急増のアラートを2015年5月, 2016年2月の2回にわたり報道提供し, 大阪府の公式サイトにも掲載することで, 広く府民に注意喚起を行った5)

今後の課題

梅毒の感染は様々な層を越えて, 地域, 或いは国内全域に拡大している可能性が高い状況である。対策の柱は 「早期の診断と治療」 であるが, その診断のために医療機関への受診や検査を勧奨するために必要な 「啓発」 をどうするのかが一番の課題である。

梅毒は成人においては抗菌薬で治療可能であり, 早期に治療すれば予後も良いが, 妊婦の感染が気付かれず放置されると胎児の先天梅毒のリスクが高くなるため, 妊娠の可能性のある女性やそのパートナーへの予防啓発にリソースを集中し, 対策を進めていくことが肝要であると考える。

 

参考文献
  1. IASR 36: 17-19, 2015
  2. 大嶋孝弘, 他, 日本性感染症学会誌 26(2): 85, 2015
  3. 川畑拓也, 他, 日本性感染症学会誌 26(2): 77, 2015
  4. 厚生労働科学研究委託費 振興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 「梅毒の新たな検査手法の開発等に関する研究」(研究代表者:国立感染症研究所細菌第一部部長, 大西 真)平成26年度 総括・分担研究報告書P41-46, 2015年
  5. 大阪府感染症対策情報, 梅毒について
    http://www.pref.osaka.lg.jp/chikikansen/aids/baidoku.html

大阪府立公衆衛生研究所
 川畑拓也 小島洋子 森 治代

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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