(IASR Vol. 35 p. 244-246: 2014年10月号)
日本の医療機関において、多剤耐性アシネトバクター(Multidrug-resistant Acinetobacter baumannii: MDRA)を検出することは、2014(平成26)年9月の現時点において比較的稀であるが、海外では、アシネトバクター属菌(アシネトバクター)の多剤耐性化は進んでおり、海外の医療機関において入院治療を受けていた患者を受け入れる際には、注意が必要である。
2014(平成26)年8月、ラオス滞在中に意識障害となり、ラオスおよびタイの病院で入院加療を受けた30代男性(患者1)が、日本で治療を受けるため、三重県内の医療機関の総合集中治療センターに入院となった。感染症を発症した状態ではなかったものの、入院時に実施した喀痰の細菌検査にて、MDRA、多剤耐性緑膿菌(Multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa: MDRP)、および、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus: MRSA)を検出した。
海外の医療機関から転院となった患者からMDRA・MDRP・MRSAを検出した情報は、細菌検査室から感染対策チーム(Infection Control Team:ICT)を通じ、センターへ伝えられ、検査結果判明時点(入院3日目)から、個室に収容し、厳格な接触予防策と高頻度接触部位の清掃を開始した。
患者1の入院8日目に、センター内の別の患者(患者2)からMDRAを検出したことが判明した。患者2に対しても同様に個室にて厳格な接触予防策を開始した。また、患者1に対する接触予防策開始までの3日間に水平伝播が生じた可能性を考え、センターに入院歴のある患者を対象にアクティブスクリーニング培養検査を施行した。結果、新たに5名の患者からMDRAの検出を認め、アウトブレイクと判断した。
アウトブレイクが疑われた2例目の検出時より、ICTを中心に病院全体で感染対策を強化した。MDRA陽性者をセンター内の一区画内において個室管理とした上で、MDRA患者担当のスタッフを専従化し、MDRA陽性・陰性との交差を遮断。また、環境培養を頻回に行い清掃の精度を確認しつつ、定期的な環境清掃に加え、センター内全体の特別清掃を行うことで、アウトブレイク判明3週間後の現時点までの間に、新たにMDRAを検出する患者を認めず、耐性菌の感染拡大を防止できている状況である。
本例は、MDRAのほか、MDRP、MRSAも検出されていたが、周囲に伝播したのはMDRAのみであった。アシネトバクターと緑膿菌の感染/保菌者のケア後の個人防護具・手指への菌の付着状況を検討した報告によると、アシネトバクターの方が、より曝露しやすいとの結果1)であり、多剤耐性菌の中でもMDRAへの対応の際には、環境清掃を含め、より積極的な感染対策が必要である。
患者1から分離された菌については、名古屋大学にて詳しい解析を実施した。結果、MDRPについては、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子保有株、MDRAについては、メタロ-β-ラクタマーゼ遺伝子は認めず、OXA-23-like, OXA-51-like型カルバペネマーゼ遺伝子陽性株と判定された。また、パスツール研究所の推奨するMLST解析では、sequence type 215と判定され、典型的な国際流行株であるinternational clone 2とは異なるものの、近縁株と考えられ、既に中国やベトナム等から登録されているST型であるが、国内ではST215によるアウトブレイクとしては最初の事例である。
解説: 耐性菌等を想定した感染症アウトブレイク発生時の対応については、2009~2010(平成21~22)年に報告された医療機関におけるMDRAの院内感染事例2,3)を受け、2011(平成23)年6月に厚生労働省通知「医療機関等における院内感染対策について」4)が発出されており、ICTを中心とした院内での対応、地域ネットワークの専門家による支援、保健所への報告等、通知に沿った対応が求められる。
また、MDRAは、感染症法上「薬剤耐性アシネトバクター感染症」の名称で、2011(平成23)年2月より5類感染症(定点)に、2014(平成26)年9月より5類感染症(全数)に指定5)されたところであり、すべての医療機関において、MDRAに対する対応が必要である。
日本におけるアシネトバクターのカルバペネム耐性率は、現時点では低いが、諸外国においてアシネトバクターのカルバペネム耐性は進んでいる6)。また、MDRAと同様に、腸内細菌科のカルバペネム耐性も海外で問題となっており、厚生労働省から注意喚起7)が出され、感染症法上「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症」が2014(平成26)年9月より、5類感染症(全数)に指定されたところである。
海外の医療機関で治療を受けていた患者を端緒とした耐性菌のアウトブレイクを防止するためには、耐性菌保菌の可能性も考え、入院時に監視培養検査を実施することや、検査結果判明までの間、個室管理とするなどの感染対策の実施も検討される。