国立感染症研究所

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 牛との接触により感染したと推察された非定型性状の腸管出血性大腸菌O26:H11感染症例-山口県 

(IASR Vol. 33 p. 194-196: 2012年7月号)

 

腸管出血性大腸菌感染症の感染経路の一つとして、動物、特に牛との接触が知られている。山口県において2012年2月に、牛との接触が原因と推察された腸管出血性大腸菌(EHEC)O26:H11(以下O26と略)の小児感染事例が発生した。患者、接触者ならびに牛由来分離菌株を検査したところ、すべてβグルクロニダーゼが陰性の非定型性状を有するO26であった。また、分離菌株のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による解析結果からみて、同一起源由来の株と考えられた。本症例は、感染の原因が「牛との接触」であることが強く推察される、非定型性状のO26株によるまれな感染症例であると考えられた。

症例の概要
2012年2月23日、山口市内の医療機関から、O26(Stx1産生性)感染症の発生届が提出された。患者は4歳女児で、2月20日頃から腹痛と水様性下痢の症状を訴えていた。接触者の調査を実施したところ、2月28日に患者の祖母(患者居住地とは別地域に居住し無症状)からO26が検出された。喫食調査では感染源として疑われる飲食物の摂取はなかったが、祖母の自宅では母屋と近距離の牛舎に牛3頭を飼育しており、患者である女児と無症状保菌者である祖母は、牛との濃厚接触があったことが判明した。

細菌学的検査方法および結果
1.牛からの菌分離
3頭の牛は、7歳、300日齢および90日齢で、それぞれ唾液と糞便を採取し、計6検体を検査材料とした。これらを10倍量のトリプトソーヤブイヨンに接種して37℃24時間前増菌培養後、ノボビオシン加mEC培地で42℃24時間選択増菌培養した。選択分離培地には、セフィキシムと亜テルル酸を添加したラムノース・マッコンキー培地(CT-RMAC)を使用し、ラムノース非分解のコロニーを釣菌し、5%羊血液加コロンビア寒天培地に純培養後、生化学性状検査、血清学的検査、Stx検査を行った。O26は、6検体中1検体[90日齢の子牛の糞便(固形便)]から、ほぼ純培養状に分離された。

2.人および牛由来分離菌株の性状
血清型は定法により決定し、Stx検査は、RPLA法(CAYE培地37℃18時間振盪培養菌液使用)とPCR法で実施した。分離菌株は人由来株と牛由来株ともに血清型O26:H11でStx1産生性であった。Stx1のRPLA法での産生力価はいずれも1:256であった。

生化学性状はTSI培地、LIM培地、SIM培地、CLIG培地でスクリーニング検査後、簡易同定キットIDテストEB20(ニッスイ)で確認した。各性状は、いずれの菌株もTSIで斜面高層ともに酸産生、運動性陽性、硫化水素非産生性、インドール産生性陽性であったが、リシン脱炭酸酵素が弱陽性であった点が典型的大腸菌とは異なっていた。IDテストにおけるプロファイルコードは0151463で、E. coli  と同定された(確率0.012913)。しかし、CLIG培地でのMUGテストが陰性であり、クロモアガーO157TAM培地においてもO157様の藤紫色のコロニーを形成した。そこで、API ZYM(ビオメリュー)で酵素活性を検査した結果、βグルクロニダーゼ陰性が確認された。分離菌株はすべて同様の性状で、通常のO26とは異なる非定型的な性状を示した。

分子疫学的解析結果
分離菌株のうち、患者、接触者由来各2株および牛由来2株について、PFGE法(制限酵素Xba IおよびBln Iを使用)による分子疫学的解析を行った。サイズマーカーにはSalmonella Braenderup H9812株を用い、UPGMA法により各株間のsimilarityを求め、遺伝的同一性を判定した。Xba I(図1)では6株すべてが同一パターンを示し、各株間のsimilarityは 100%であった。Bln I(図2)では、ウシ由来2株中1株において、他の5株と1バンドの差が認められ、この株のみ95%のsimilarityであったものの、遺伝的同一性はきわめて高いと判定された。

考 察
今回の症例においては、患者等と濃厚な接触が認められる子牛の糞便からO26が分離され、その分離株の各種性状および2種の制限酵素を用いて得られたPFGE法による遺伝子パターンが、人由来分離菌株とほぼ完全に一致したことから、飼養している子牛が本症例の感染源であることが強く示唆された。本誌にも、動物とのふれあいイベントや学校での飼育動物、畜産業として飼養している牛等、動物から人への感染が特定された症例やその可能性が疑われる症例が1996年以降で11例(IASR 18: 132-133, 1997, 19: 9-10, 1998,  21: 35, 2000,  22: 141-142, 2001,  24: 185-186, 2003,  25: 302-303, 2004,  27: 265-266, 2006,  28: 13-14, 2007,  28: 46-47, 2007,  28: 116-118, 2007,  28: 198-200, 2007)報告され、動物、特に牛は、人のEHEC感染症の感染源として極めて重要であることを示唆していると考える。

牛には、糞便以外に口腔などにもEHECが存在することが、当県における調査(山口県環境生活部生活衛生課;平成21年度動物由来感染症予防体制整備事業報告書)で明らかになったほか、食肉衛生検査所での調査でも同様の結果が報告されている。牛に舐められることなどで、EHECに感染する可能性も考えられるため、乳幼児などが動物と接触する際には特に注意が必要である。また、動物との接触後には十分な手洗いを行うなどの感染防止対策の啓発を行っていくことが重要である。今回の事例ではO26の検出された子牛は固形便で、腸管感染症は起こしていなかったと考えられたが、O26は牛に対しても下痢原性を有する血清型のひとつである(Jpn J Vet Sci 52(6):1347-1350, 1990, JVM 50(8): 655, 1997)ことも知られているので、飼養者が子牛の健康管理に気をつけることも必要であると考えられた。

βグルクロニダーゼは大腸菌の95%が陽性を示し、主要な性状の1つであるが、今回の症例の原因菌であるO26は、βグルクロニダーゼが陰性という非定型的な株であり、このようなO26による感染症例はわが国では稀ではないかと考える。今後、他の血清型のEHECにおいても、非定型株が出現してくることも予測される。以前に、我々はラムノース非分解のO111と通常のO26の混合感染症例を経験し、CT-RMACではこれらを区別できず、原因菌の同定に苦慮したこともあり、EHECの同定に当たっては、このような非定型的な性状をもつ菌株の存在に十分注意する必要があると考える。

 

 山口県環境保健センター 矢端順子 亀山光博 富永 潔

山口県山口健康福祉センター

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