国立感染症研究所

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腸管出血性大腸菌感染症 2022年3月現在

(IASR Vol. 43 p103-104: 2022年5月号)

 

 腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症はVero毒素(Vero toxin:VTまたはShiga toxin:Stx)を産生, またはVT遺伝子を保有するEHECの感染によって起こり, 主な症状は腹痛, 水様性下痢および血便である。嘔吐や38℃台の発熱を伴うこともある。VT等の作用により血小板減少, 溶血性貧血, 急性腎障害を来して溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし, 脳症などを併発して死に至ることがある。

 EHEC感染症は感染症法上, 3類感染症に定められている。本感染症を診断した医師は直ちに保健所に届出を行い(https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-03-03.html), 保健所はその情報を感染症発生動向調査(NESID)に届け出る。医師が食中毒として保健所に届け出た場合や, 保健所長が食中毒と認めた場合は食品衛生法に基づき, 各都道府県等は食中毒の調査を行うとともに厚生労働省(厚労省)へ報告する。地方衛生研究所(地衛研)はEHECの分離・同定, 血清型別, 毒素型(産生性が確認されたVT型またはVT遺伝子型)別を行い, その結果をNESIDの病原体検出情報に報告する(本号3ページ特集関連資料1)。国立感染症研究所(感染研)細菌第一部は地衛研から送付された菌株の血清型, 毒素型の確認・同定を行うと同時に, 反復配列多型解析(MLVA)法, パルスフィールドゲル電気泳動(PFGE)法, および全ゲノム配列情報を用いた単一塩基多型(SNP)解析による分子疫学的解析を行っている(本号5ページ, 6ページ7ページ)。これらの解析結果は各地衛研へ還元されるとともに, 必要に応じて食中毒調査支援システム(NESFD)で各自治体等へ情報提供されている。

 感染症発生動向調査:NESIDの集計によると, 2021年にはEHEC感染症患者2,022例, 無症状病原体保有者(患者発生時の積極的疫学調査や調理従事者等の定期検便などで発見される)1,214例, 計3,236例が届け出られ(表1), この数は2011~2019年までの届出平均数3,848例の84.1%(2020年は同80.3%)であった。例年と同様, 夏期に届出が多かったが, 第49~52週の届出数が2017~2020年よりも多かった(図1)。都道府県別届出数(無症状を含む)は東京都, 神奈川県, 北海道, 大阪府, 福岡県, 愛知県, 埼玉県, 千葉県, 茨城県, 広島県の上位10都道府県で全体の56%を占めた。人口10万対届出数では岩手県(6.4)が最も多く, 長崎県(6.3), 滋賀県(5.4)がそれに次いだ(図2)。0-4歳の人口10万対届出数では, 奈良県(43.2), 長崎県(40.8), 鹿児島県(30.6)などが多かった(図2)。届出に占める有症者の割合は男女とも20歳未満, および70歳以上で高かった(図3)。HUSを合併した症例は59例(有症者の2.9%)で, そのうち38例からEHECが分離された。O血清群の内訳はO157株が29例で, 毒素型は不明6例を除く23例すべてがVT2陽性株(VT2単独またはVT1&2)であった(本号9ページ表)。HUS症例の約30-40%ではEHECが分離されず, 患者便中のVTの検出または血清診断によるEHECの主要O群に対する血中凝集抗体の検出で, EHEC感染によるHUSの届出対象となる(本号9ページ)。有症者のうちHUS発症例の割合が最も高かったのは5-9歳で5.8%, 次いで0-4歳で4.5%であった(本号9ページ図)。

 地衛研からのEHEC検出報告:地衛研から報告された2021年のEHECの菌検出数は1,430であった(本号3ページ特集関連資料1)。この数は, 医療機関や民間検査機関が, 保健所等からの依頼に応じて提出した菌株数の実績であるため, EHEC感染者届出数(表1)より少ない。全検出数における上位のO血清群の割合は, O157が47.1%, O26が18.2%, O111が9.3%であった(本号3ページ特集関連資料1)。毒素型でみると, 例年同様, O157ではVT1&2が最も多く, O157の60.4%を占め, VT2単独は38.1%であった。O26およびO103は例年同様VT1単独が最も多く, それぞれ96.9%および93.7%を占め, O111はVT1単独が70.7%であった。O157が検出された674例の主な症状は, 下痢63.8%, 腹痛58.8%, 血便43.6%, 発熱21.2%であった。

 集団発生:2021年も保育施設等におけるEHEC感染症集団感染事例が発生し, 人から人への感染によるものと推定された(表2)。6月にはO172 VT2が原因となる集団感染事例が発生した(本号5ページ)。一方, 「食品衛生法」に基づいて都道府県等から報告された2021年のEHEC食中毒は9事例, 患者数42名(菌陰性例を含む)であった(2018年は32事例456名, 2019年は20事例165名, 2020年は5事例30名)(本号4ページ特集関連資料2および本号10ページ12ページ)。感染研細菌第一部での解析から, 疫学的関連が不明な散発事例間で同一のMLVA型または同一SNP型を示す菌株が広域から分離されていることが明らかとなっている(本号6ページ, 7ページ)。

 予防と対策:牛肉の生食による食中毒の発生を受けて, 厚労省は生食用食肉の規格基準を見直した(2011年10月, 告示第321号)。さらに, 牛肝臓内部からEHEC O157が分離されたことから, 牛の肝臓を生食用として販売することを禁止した(2012年7月, 告示第404号)。2012年には, 漬物によるO157の集団発生を受けて, 漬物の衛生規範が改正されている(2012年10月, 食安監発1012第1号)。

 EHECは少量の菌数(100個程度)でも感染が成立するため, 人から人への経路, または人から食材・食品への経路で感染が拡大しやすい。例年同様, 2021年も飲食店等を原因施設とする食中毒事例(本号4ページ特集関連資料2)が発生している。EHEC感染症を予防するためには, 食中毒予防の基本(菌を付けない, 菌を増やさない, 菌を殺す)を守り, 生肉または加熱不十分な食肉等を食べないように注意を喚起し続けることが重要である(https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201005/4.html, https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/index.html)。さらに保育所での集団発生も多数発生しており, その予防には, 手洗いの励行や簡易プール使用時における衛生管理が重要である(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000201596.pdf)。家族内や福祉施設内等で患者が発生した場合には, 二次感染を防ぐため, 保健所等は, 感染予防の指導を徹底する必要がある。

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