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インフルエンザ病原体サーベイランス:NESID病原体検出情報システムに報告されたシーズン別のインフルエンザウイルス陽性例・陰性例の動向とその情報の有用性

(IASR Vol. 43 p99-101: 2022年4月号)(2024年6月21日黄色部分修正)

 

 2019年に中国より報告された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 2020年1月にはわが国でも感染が確認され, 以降2022年3月現在に至るまで流行が続いている。COVID-19のパンデミック下で, インフルエンザとの同時流行が懸念されてきたが, 幸いにも2020/21シーズンに大きな流行は報告されていない。そこで本稿では, 感染症発生動向調査(National Epidemiological Surveillance of Infectious Diseases:NESID)の病原体検出情報システム(Infectious Agents Surveillance System:IASS)に報告されたインフルエンザ病原体サーベイランスデータを基に2018/19, 2019/20, 2020/21シーズン(第36週~翌年の第35週)の流行状況を評価し還元する。

 IASSでは2016年4月からの改正感染症法施行により, 感染症に関する情報の収集体制が強化され, 特に季節性インフルエンザウイルスに関する病原体サーベイランスのあり方については, 検体の指定提出機関制度(インフルエンザ病原体定点)が創設され, 都道府県等への検体提出, 検査体制, 検査結果等の国への報告基準が省令等で定められた(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000115688.html, https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000143303.pdf)。具体的には, 指定提出機関ごとの検体等の提出基準として, 季節性インフルエンザの流行期は毎週1回, 非流行期は毎月1回の提出が目安となった。また, インフルエンザ流行期・非流行期を問わず, インフルエンザ様疾患(ILI)患者から検体の提出が可能となった。理論的に, 継続して, 検査対象の母集団の症状をILIとして一定に取り扱った場合には, 提出された検査陽性例と検査陰性例の絶対数と相対的な関係を把握することが可能になった。

 2018/19~2020/21シーズン(2018年第36週~2021年第35週まで)に, 大半がインフルエンザ病原体定点と考えられる医療機関から検体が提出され(), IASSに診断名が「インフルエンザ」で報告された検査結果の数(検査数:インフルエンザウイルス陽性例, その他病原体陽性例, 陰性例の総数)の合計は15,437で, それらのうち検査結果がインフルエンザウイルス陽性(検出病原体有)であった数の合計は14,176(91.8%)で, 各シーズンの結果は表Aの通りであった(2021年12月28日現在報告数)。

 インフルエンザウイルスが陽性であった検体採取週ごとの割合(「検査陽性率」)とその3週移動平均とともに, 時系列的推移として図1(図1、陽性数→陽性率へ修正)に示す。2018/19, 2019/20シーズンは夏季に検査数と検査陽性率が減少し, 秋季から冬季にかけて検査数と陽性率がともに増加したが, 2020年の春季以降は検査数が減少し, 2020/21シーズンでは検査数が大幅に減少した。なお, 2020/21シーズンの検査結果の数は48で, 検出病原体有は6, 検査陽性率は12.5%と低かった。インフルエンザを疑い実施された検査数が大幅に減り, 検査を実施した際にはインフルエンザウイルスが検出されなかった。報告された検出病原体有6のうち, インフルエンザ定点で採取された検体からの分離・検出数は4, 同定点以外の検体からの分離・検出数は2であった。型・亜型別ではA/H1pdm09亜型が2株, A/H3亜型が4株, B型は山形系統, Victoria系統ともに分離・検出の報告はなかった。

 同様に, 2018年第36週~2021年第35週までに, 診断名が「インフルエンザ様疾患(ILI)」としてIASSに報告のあった検査数〔検査数:インフルエンザウイルス陽性例, その他病原体陽性例(ヒトメタニューモウイルス, RSウイルス, ライノウイルス等), 陰性例の総数〕の合計は739で, それらのうち検査結果がインフルエンザウイルス陽性(検出病原体有)であった数の合計は110(14.9%)で, 各シーズンの結果は表Bの通りであった(2021年12月28日現在報告数)。インフルエンザウイルスが陽性であった検体採取週ごとの割合(「検査陽性率」)とその3週移動平均とともに, 時系列的推移として図2(図2、陽性数→陽性率へ修正)に示す。診断名「インフルエンザ」と同様に, 2020年春季以降, 非流行期においても他のシーズンに比べて少ないながらも一定数のILI検体が採取されており, ILI検体の検査を行った際にはインフルエンザウイルス検査陽性率が低いことなどが明らかとなった。

 IASSに報告された診断名「インフルエンザ」, 「インフルエンザ様疾患」ともに2018/19, 2019/20シーズンは過去の報告1)同様に, 年末に向けて検査数, インフルエンザ検査陽性報告数および検査陽性率が増加していた。2020年春季以降は, 診断名「インフルエンザ」, 「インフルエンザ様疾患」の検査数, インフルエンザ検査陽性報告数は減少し, 同様に検査陽性率も減少した。すなわち, COVID-19流行期においてもILI症例からの検体の採取と提出が, 少ないながらも通年で行われていたが, インフルエンザウイルスはほとんど探知されなかった。この他, NESID・インフルエンザ定点においても, 2020年第15週に定点当たり0.09(患者報告数24)と定点当たり報告数0.10を下回り, 以降, 2021年第35週まで, 定点当たり報告数0.10を超える報告数の週はなかった(全国的な流行開始の指標は1.00である)2-4)。また, インフルエンザサーベイランスで用いられている他の指標〔インフルエンザ入院サーベイランス, 急性脳炎(脳症を含む)サーベイランス, インフルエンザ様疾患発生報告(学校サーベイランス)〕においても, 例年の増加は認められず, 継続して例年を大きく下回った。以上のように複数のサーベイランスの結果から, 2020年第13週頃~2020/21シーズンにおいて, インフルエンザの大きな流行が無かったことが示唆された。COVID-19パンデミックが受診・検査行動に影響を与えた可能性もあり, 解釈には注意を要するが, 受診行動によるバイアスを受けにくい指標(入院患者数, 学校欠席サーベイランス), 検査行動によるバイアスを受けにくい指標(検査数・陽性数・検査陽性率, 学校欠席サーベイランス)においても, 極めて低いレベルであったことから, インフルエンザの流行はなかったと考えられた。

 今後, 2021/22シーズンについてもインフルエンザ発生動向の見通しが不明であることから, 様々なサーベイランスを通して継続的に注視していくことが重要であると考えられる。IASSの検査数, 陽性数, 陽性率についても重要なサーベイランスの1つとしての役割を担っている。

 IASRでは, websiteで速報グラフとして, 陰性例を含めたインフルエンザウイルスサーベイランスデータを継続的に還元しているので適時参照していただきたい〔「診断名:インフルエンザ由来ウイルス」, 「診断名:インフルエンザ様疾患由来ウイルス」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html)。2016年からのアーカイブはhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/510-graphs/10755-iasrgvinfcase1.html〕。

 インフルエンザ病原体サーベイランスにご参加, ご協力をいただいている全国の医療機関, 保健所, 自治体本庁, そして地方衛生研究所の関係各位に心より感謝申し上げます。

 

参考文献
  1. IASR 39: 192-193, 2018
  2. 今冬のインフルエンザについて(2020/21シーズン)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/590-idsc/10824-fludoko-2021.html
  3. 感染症発生動向調査週報(IDWR)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2021.html
  4. IASR 42: 242-243

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