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2020/21シーズンのインフルエンザの流行状況

(IASR Vol. 42 p242-243: 2021年11月号)

 

 2019年12月, 中国において最初に報告され, 2020年3月にはパンデミックの状態にあると表明された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, わが国の医療・公衆衛生に限らず, 社会・経済においても大きな影響を及ぼしてきた。とりわけ, 同じウイルス性急性呼吸器感染症であるインフルエンザの同時流行が懸念されてきたが, COVID-19出現後, 2度目のシーズンを迎えた2020/21シーズンにおいては, インフルエンザの明らかな流行はみられなかった。本稿では, インフルエンザに対して複数の指標を用いた監視体制による, 2020/21シーズンの発生動向の評価について報告する。

 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づき診断, 報告されるインフルエンザの指標としては, 感染症発生動向調査(NESID)による, 全国約5,000のインフルエンザ定点当たりのインフルエンザ受診患者報告数, それに基づく全国の医療機関を1週間に受診した患者数の推計値, 全国約500カ所の基幹定点医療機関からのインフルエンザによる入院患者報告数(インフルエンザ入院サーベイランス), 全国約500の病原体定点からの病原体検出情報(病原体サーベイランス)がある。

 2020年第36週~2021年第35週に, インフルエンザ定点より報告された, 週ごとの定点当たり報告数は, 中央値が0.003(患者報告数17人), 範囲が0.000-0.020で, 全国レベルの流行開始の指標である1.0人/週を超える週はなかった。週ごとの定点当たり報告数は, 最大値が0.020(患者報告数98人:2021年第5週), 上位2-10位は0.012-0.015(患者報告数57-73人:2020年第49週~2021年第4週)で, いずれも例年を顕著に下回った1-3)(2021年9月8日現在)。また, 2020/21シーズンにおいて, 週ごとに報告を行ったインフルエンザ定点の医療機関数は, 中央値が4,923(範囲:4,725-4,946)で, 定点からの報告自体は行われていた〔参照:COVID-19パンデミック前の2018年第36週~2019年第35週の同報告定点医療機関数は, 中央値が4,948(範囲:4,602-4,965)であった〕。

 定点医療機関からの報告を基にした, 定点以外を含む全国の医療機関を1週間に受診した患者数の推計値は, 最大で0.1万人(95%信頼区間:0-0.2万人)であった。また, 2020年第47週~2021年第7週は, 毎週0.1万人の推計値であったが, その他の週は, それ未満〔約0.0万人(95%信頼区間:0-0.0万人)〕であり, 例年を顕著に下回る値であった1-3)(2021年9月8日現在)。なお, 2018/19シーズンから新推計方法が導入されたが, 例年との比較を行う場合の補正を行っても, 例年を大幅に下回る値であった4)

 また, インフルエンザ入院サーベイランスにおいても, 例年を大きく下回る傾向がみられた。インフルエンザによる入院患者報告数は, 入院を要する, より重症な患者が対象であるため, 受診行動の変化によるバイアスを受けにくいと考えられるが, 当指標においても, 2020年第36週~2021年第35週の週ごとの報告数は, 中央値が2(範囲:0-5)人で例年を顕著に下回った1-3)(2021年9月8日現在)。

 なお, 病原体サーベイランスによる, 2020年第36週~2021年第35週のインフルエンザウイルスA・B型の分離・検出報告においては, 2020年第43週, 第44週の採取検体からA/H1pdm09亜型がそれぞれ1例ずつ, 2021年第6週(本号8ページ)と第9週の採取検体からA/H3亜型がそれぞれ2例ずつの検出が報告され, 計6例と例年を大きく下回った。また, 診断名として「インフルエンザ様疾患由来ウイルス」として検査された検体においても, ライノウイルス, その他不明, 陰性の報告はあったものの, インフルエンザの報告は無かった5)(2021年10月15日現在)。

 「感染症法に基づくサーベイランス」以外の情報においては, インフルエンザ様疾患発生報告数(全国の保育所・幼稚園, 小学校, 中学校, 高等学校におけるインフルエンザ様症状の患者による学校欠席者数)6), 「国立病院機構におけるインフルエンザ全国感染動向」〔国立病院機構141病院で, 診察医師がインフルエンザ(疑いを含む)と仮診断した患者にインフルエンザ迅速抗原検査を実施した検査件数と, 陽性となった件数の報告〕7)等があるが, いずれも例年とは大きく異なる傾向であった。

 インフルエンザ様疾患発生報告数(学校欠席者数)においては, 欠席の多くが受診前に起きると考えられるため, 受診(あるいは検査)の行動変容に影響されにくい指標と考えられる(受診を控えた場合でも欠席の場合は把握可能)。2020年第36週~2021年第9週においては, 第37週に学年閉鎖1, 第43週に学級閉鎖1, 第44週に学級閉鎖1, 第6週に学年閉鎖1と学級閉鎖1, 第7週に学年閉鎖1のみであった。当期間における休校数(0), 学年閉鎖学校数(3), 学級閉鎖学校数(3)は, いずれも例年を大きく下回り, 登校・園・所している成人未満の集団では, インフルエンザの流行を示唆する傾向はみられなかった。

 また, 国立病院機構におけるデータからは, 医師がインフルエンザを疑って行った検査数が分かるため, 検査を行ったうえでの陽性数と検査陽性率の評価が可能である。2020年11月~2021年1月まで, 15,824件の検査のうち, 17例(0.1%)のみがインフルエンザ陽性であり, 検査が行われていたが, インフルエンザ陽性数・検査陽性率はわずかで, 例年を大きく下回っていた7)。なお, 2020年9~10月には2,500件以上, 2021年2~3月には8,000件以上の検査が行われたが, いずれもインフルエンザ陽性はなかった。

 その他, イベントベースサーベイランスでは山形県のインフルエンザ集団発生(本号8ページ)の事例のみが探知され, NESIDによる急性脳炎(脳症含む)サーベイランスではインフルエンザ脳症の報告は0例と, 例年を大幅に下回った1,3)

 2020/21シーズンのインフルエンザの動向においては, 複数の指標を包括的ならび継続的に監視したが, いずれもシーズンを通して例年の値を顕著に下回るレベルであった。COVID-19パンデミックが受診・検査行動に影響を与えた可能性もあり, 解釈には注意を要するが, 受診行動によるバイアスを受けにくい指標(入院患者数, 学校欠席サーベイランス), 検査行動によるバイアスを受けにくい指標(検査数・陽性数・検査陽性率, 学校欠席サーベイランス)においても, 極めて低いレベルであったことから, インフルエンザの流行はなかったと考えられた。

 一方, 今後のインフルエンザ発生動向の見通しは不明であり, インフルエンザに対する継続的な監視は重要である。引き続き今後の状況に関する注視と情報還元を行うとともに, 変化が観測された際には, 速やかに情報提供を行うことが重要である。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, IDWR
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr.html
  2. 国立感染症研究所, インフルエンザ流行レベルマップ
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-map.html
  3. 国立感染症研究所, 今冬のインフルエンザについて(2019/20シーズン)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/590-idsc/9830-fludoko-2020.html
  4. 国立感染症研究所, 季節性インフルエンザり患者数の推計方法の見直しについて
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/flu/levelmap/suikei181207.pdf
  5. IASR, インフルエンザウイルス分離・検出報告数
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-inf.html
  6. 国立感染症研究所, インフルエンザ様疾患発生報告(学校欠席者数)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-flulike.html
  7. 国立病院機構におけるインフルエンザ全国感染動向
    https://nho.hosp.go.jp/cnt1-1_0000201804_00005.html

国立感染症研究所感染症疫学センター 

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