国立感染症研究所

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E型肝炎の概要および検査法

(IASR Vol. 35 p. 3-4: 2014年1月号)

 

はじめに
E型肝炎はE型肝炎ウイルス(hepatitis E virus, HEV)によって引き起こされる急性肝炎である。A型肝炎ウイルスと同じく経口伝播型であり、臨床症状もA型肝炎と類似しており、免疫不全など特殊な場合を除き、慢性化することなく一過性に経過する。E型肝炎は発展途上国で常時散発的に発生している疾患であるが、ときとして飲料水などを介し大規模な流行を引き起こすことが知られている。 E型肝炎はこれまでアジア、アフリカなどの衛生環境が整っていない地域の疾患と考えられており、先進国では輸入感染症とみなされてきた。しかし近年、米国、ヨーロッパ、さらに日本において海外旅行歴のないE型肝炎症例が報告され、それぞれの国や地域に土着した固有株が存在することが判明してきた。また、HEVはブタ、イノシシなどの動物にも感染する人獣共通感染症であることが判明し、これらの肉や内臓を生、あるいは加熱不十分なままで摂食することによって感染することも明らかになってきた。さらに、最近では輸血によるHEVの感染例も報告されている。HEVの感染状況を把握するには確実な診断法を用いることが重要である。

E型肝炎ウイルス
HEVはヘペウイルス科(Hepeviridae)、ヘペウイルス属(Hepevirus)に分類され、単独の種を構成するウイルスである。HEVは粒子の直径が約30?40nmの小型球形のウイルスであり、そのゲノムは約7.2kbのプラス1本鎖RNAで5’末端にはcap構造が、3’末端にはポリアデニル酸が付加されている。HEVの遺伝子上には3つのopen reading flame(ORF1、ORF3およびORF2)が5’末端から一部重複しながら配列している。約5,000塩基のORF1は非構造蛋白をコードし、ORF2は72 kDaの構造蛋白をコードする。ORF3はORF1とORF2の間に位置する。ヒトから検出されたHEVには少なくとも4つの遺伝子型(Genotype, G1~G4)が存在することが明らかになっている。HEVの血清型は単一であると考えられている。我々の実験結果では、HEVの完全な不活化には65℃、10分の加熱が必要である。E型肝炎は感染症法による分類では4類感染症に定められており、診断後直ちに届出の義務がある。国立感染症研究所感染症疫学センターのまとめでは、報告されている患者数は年間50例前後であったが、2012年は暫定報告数で121例とかなり増加した。これは最近、国内初のHEV感染に対する体外診断用医薬品が発売され、診断が容易になったことによるものと推定される。近年、同じ科に属すると考えられる近縁のウイルスがトリだけでなくウサギ、ラット、フェレット、コウモリなどからもHEVと遺伝子構造が類似するウイルスが検出されている(本号10ページ参照)。

E型肝炎の臨床的な特徴
E型肝炎の臨床症状はA型肝炎と類似している。大部分のE型肝炎は急性肝炎あるいは劇症肝炎であり、ほとんど慢性化しない。潜伏期間は15~50日、平均6週間で、平均4週間といわれるA型肝炎の潜伏期に比べやや長い。E型肝炎の典型的な症状である黄疸は発症後0~10日目に顕著になる。この時期にAST値とALT値は著しく上昇し、IgG抗体と IgM 抗体がともに検出される。稀にIgM抗体が長期間持続し、便中へのウイルス排泄を伴って長期間ウイルス血症状態が続く例もみられる。発症前後の短期間ではあるが、血液と糞便からウイルスRNAをRT-PCRで検出することができる。注意すべきは、発症前から便中にウイルスが排泄されていることで、これはすなわちまだ無症状の感染者がHEVを伝搬させる危険が存在することを意味する。黄疸以外の臨床症状は、発熱、嘔吐、食欲不振、腹痛、全身倦怠感などである。E型肝炎の一つの特徴は感染妊婦の致死率が高いことである。2004年、スーダンの難民キャンプで発生したE型肝炎の流行では、患者数は2,621名、発症率は3.3%、死亡率は1.7%に及んだ。特に妊婦の感染者の致死率は31.1%と高かった。

E型肝炎の検査法
1.電子顕微鏡を利用するウイルス粒子の検出 
電子顕微鏡を利用したネガティブ染色法と免疫電子顕微鏡法が急性期の患者糞便からウイルス粒子を検出するために使用できる。しかし、糞便へのウイルス排泄量は少なく、またその期間も短いため、検出感度は満足できるものではない。免疫電子顕微鏡法を利用すれば検査の感度をあげることも可能ではあるが、いずれも高価な機器と高度な実験テクニックが要求されるため、一般的な臨床検査法として用いることは難しい。現在、臨床診断によく使われるのはRT-PCRと抗体ELISAである。

2.RT-PCRによるHEV遺伝子検出
各遺伝子型間でよく保存される領域の塩基配列に基づいて共通のプライマーを設計し、これを用いたRT-PCRによる遺伝子増幅が可能になっている。使われるプライマー、増幅領域は各研究グループ間で異なっているが、よく使われる領域はORF1のN末端付近の約500塩基、およびORF2の中間部分の約500塩基である。通常、血清と糞便が検査材料として使われる。サンプルの採集時期によって、RNAの検出率は異なるが、ヒトでは発症前後の2週間で高い。個別のケースでは発症1カ月後にも検出したとする報告がある。増幅される領域の塩基配列を系統解析することによって遺伝子型の同定が可能であるので、ウイルスの感染源を推測する上で手がかりにもなる。ただ、HEVの遺伝子はRNAであるため、検出感度はサンプルの保存条件などによっても左右される。また、操作中の汚染にも十分な注意を払うべきである。また最近、real-time RT-PCRによる遺伝子定量法も報告されている。

3.ELISA によるIgM、IgGおよびIgA抗体検出
RNAの検出と比べ、抗体検出はサンプルの保存条件等の影響が少ない。操作も簡単であり、大量のサンプルを同時に取り扱うこともできる。筆者らは組換えバキュロウイルス発現システムを用い、ネイティブなウイルス粒子に近い構造、抗原性、および免疫原性をもつ直径約23~24nmのウイルス様中空粒子(virus-like particles, VLP)を作成することに成功している。このVLPを用いた抗体ELISAはE型肝炎急性期の患者血清中、ならびに感染サルの血清中に誘導されるHEV特異的IgM、IgAおよびIgG抗体を容易に、迅速、かつ高感度に検出することができ、E型肝炎の臨床診断や感染状況の調査などに非常に有用である。また、二次抗体を替えることによって多種の動物のIgG、IgAおよびIgM抗体の検出に対応することも可能である。また、上述のVLPに対するポリクローナル抗体あるいはモノクローナル抗体を用いて、HEV抗原検出を目的とするELISA法も樹立されている。検出感度はRT-PCRには及ばないが、操作が簡単なので大量検体を検査する場合、利用価値は高い。なお、最近国内では抗HEV IgAを検出する検査キット(イムニス® IgA anti-HEV EIA、株式会社特殊免疫研究所)が市販されており、臨床現場での原因特定に有用である。ただし、IgA抗体だけでは急性E型肝炎と診断できないので、遺伝子検査による確認が必要である。

4.ウエスタンブロット によるIgMおよびIgG抗体検出
MIKROGEN 社よりrecomBlot HEV IgG/IgMが市販されており、4種類のHEV特異抗原が塗布されたストリップを血清と反応させ、バンドの出現を確認することで簡便にヒトIgMおよびIgG抗体を測定することができる。

上記の遺伝子検出法およびELISA による抗体検出法の詳細は、病原体検出マニュアルに記載されているのでご参照いただきたい。また、VLPは原則的に分与可能である。ただし、前提条件として、国立感染症研究所で2日間ほどの研修を受けて頂き、検査のノウハウを把握した上で使ってもらっている。

日本人の抗体保有率は低く、E型肝炎が流行している地域で感染する危険性は高い。E型肝炎はこれまでアジア、アフリカなどの衛生環境が整っていない地域の疾患と考えられており、先進国では輸入感染症とみなされてきた。しかし近年、米国、ヨーロッパ、さらに日本において海外旅行歴のないE型肝炎症例が報告され、それぞれの国や地域に土着した固有株が存在することが判明してきた。また、HEVはブタ、イノシシなどの動物にも感染することが明らかになり、これらの肉や内臓を生、あるいは加熱不十分なままで摂食することによって感染することも明らかになってきた。HEVの注目度が増すとともに、今後多くの HEV株が分離、解析されることが予想される。HEVの検査法も研究の進展に伴い改良されているが、より正確、かつ迅速な検査法にしていくことが肝要である。

 

国立感染症研究所ウイルス第二部          
     石井孝司 李 天成

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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