(掲載日 2014/4/21) (IASR Vol. 35 p. 132-134: 2014年5月号)
はじめに:わが国において梅毒は減少傾向にあったが、近年、多くの先進諸国同様、男性と性交をする男性(men who have sex with men: MSM)を中心に感染が広がっていることが明らかとなっている。今回、東京都における2007~2013年の梅毒の発生動向についてサーベイランス情報から記述疫学を実施したので報告する。
方法:日本の感染症サーベイランスでは、全国統一のシステムである感染症発生動向調査システム(NESID)によって国が全体のデータを集約している。東京都の人口は2013年現在、約1,300万人で、都内の約12,000の医療機関から保健所(31カ所)を経由して、サーベイランス情報が国まで報告されている。すべての医師は、梅毒の診断例(無症状者を含む)を指定された個票で保健所に報告することが求められており、報告症例は保健所担当者によってNESIDへ登録され、東京都感染症情報センターで届出内容が確認される。NESIDに登録された梅毒症例のうち、2007~2013年に都内で診断された症例を抽出し解析を行った(2013年3月3日現在)。人口当たりの報告数には人口動態統計による各年の東京都の推定人口を使用した。
結果:2013年の総報告数は417人(人口10万対3.2人)であった(図1)。2010年を境に増加が見られ、2011年は2010年に対して1.4倍、2012年は2011年に対して1.2倍、2013年は2012年に対して1.4倍に増加していた。
2013年の病期別報告数は早期顕症Ⅱ期が183人(43.9%)と一番多く、次いで無症候160人(38.4%)、早期顕症Ⅰ期62人(14.9%)の順であった。2007年に64人だった早期顕症Ⅱ期はその後一貫して増加し、晩期顕症は10人前後、先天梅毒は0~3人で推移した。無症候と早期顕症Ⅰ期は、2010年にそれぞれ53人、17人の報告であったが、この年を境に増加に転じた。
性別では、2013年の男女比は7:1(男365人:女52人)、人口10万対報告数は男性5.6人、女性0.8人であった(図1)。2010年と2013年を比較すると、男性では2.4倍、女性では2.9倍に増加した。年齢群別の人口10万対報告数を2007年と2013年で比較すると、男性では20~50代で増加し、特に20~30代の増加が顕著であり、女性では、20~24歳で増加が見られた(図2)。2013年の男性では30~34歳が12.1で最も高く、女性では20~24歳が4.2で最も高かった。
感染経路では、男性では2013年に346例(94.8%)が性的接触と報告されており、そのうち同性間性的接触248例 (71.7%)、異性間性的接触60例(17.3%)であった(図3)。男性の同性間性的接触の報告数は増加しており、2013年は2007年に対して11.3倍に増加した。女性は40例(76.9%)が性的接触と報告され、そのうち異性間性的接触が33例(82.5%)と多くを占めた。女性の異性間性的接触では、2013年は2010年に対して3.7倍に増加した。
保健所別の人口10万対報告数は、2013年に特別区保健所(n=23)では4.3人、多摩・島しょ地区保健所(n=8)では0.6人であった。前者は2007~2010年に1.7から2.1で推移していたが、その後年々増加し、2013年は2010年に対して2.5倍に増加した。後者は2007~2012年に0.3から0.4で推移していたが、2013年は2012年に対して1.8倍に増加した。特別区保健所には2013年に392人の報告があり、そのうちの225人(57.4%)が1つの保健所(A区保健所)に報告されたものだった(図4)。A区保健所での2013年の人口10万対報告数は68.2であり、2013年は2007年に対して7.4倍に増加していた。
考察:2013年の総報告数は、過去5年平均+2SDの値(= 322)を大きく超えており、アウトブレイクと捉えることができる。全国の人口10万対報告数(2013年:男1.6、女0.4)と比べると、男女ともにその報告数は高く、特に男性で顕著である。都内ではMSM間での感染が報告数増加の主体と考えられる。特にA区保健所管内で集積しているが、A区での増加は、MSM人口が多く、ケアする医療機関が複数あることが要因の一つと考えられる。男女とも異性間性的接触が増加傾向にあるほかA区以外からの報告も増えており、一般住民への広がりも危惧される。また、早期顕症Ⅰ期の増加は直近の梅毒感染が増えていることを示しており、感染拡大が現在も進行していると考えられる。この都市部でのMSMによる梅毒の流行について公衆衛生として感染拡大予防の取り組みを行う必要がある。具体的には、増加している梅毒の動向を把握し、流行の周知、検査案内(都内の保健所等では性感染症検査を匿名・無料で実施中)、患者や接触者への介入等の対策を進める必要がある。また、ハイリスク層、20代女性層への疫学調査を実施し、より詳細な実態を把握していかなければならない。
参考文献
1)増加しつつある梅毒―感染症発生動向調査からみた梅毒の動向―, IASR 35: 79-80, 2014
東京都健康安全研究センター企画調整部健康危機管理情報課
杉下由行
国立感染症研究所感染症疫学センター
高橋琢理 山岸拓也 有馬雄三
国立国際医療研究センター国際感染症センター
堀 成美