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同一地区内における日本紅斑熱患者の群発事例について―広島市

(速報掲載日 2022/9/22) (IASR Vol. 43 p232-234: 2022年10月号)
 
はじめに

 日本紅斑熱はマダニが媒介する日本紅斑熱リケッチア(Rickettsia japonica, 以下R.j)により引き起こされる感染症であり、発熱、発疹を主徴とし、治療が遅れると、重篤化して死に至ることもある。したがって、マダニとの接触歴が想定される発熱患者には、日本紅斑熱も想定した早期の抗菌薬治療が重要である。広島市内では2017~2021年までの5年間で18名の患者が発生しており、年々増加傾向にある。これまでの事例は発生時期、発生場所等から散発事例と捉えてきたが、この度、2022年7月27日~8月12日までの期間に、本市内の同一地区内で2家族計4名が相次いで日本紅斑熱を発症した事例が発生したので報告する。

事例の概要(図1

 <事例1>

 男性(60代)が先行して発症(発熱、発疹、倦怠感)し、医療機関を受診した。発症から7日目に採取した血液からR.jが検出された。同居女性(60代)は男性から15日遅れて発症(発熱、倦怠感)し、発症から3日目に採取したマダニの刺咬跡とみられる痂皮からR.jが検出された。

 男女ともに、発症前に農作業・草取り等の屋外作業歴はなかったが、室内犬を飼育しており、犬の散歩の途中で近隣の公園Aに寄ることも多くあった。散歩は主に男性が行っていたが、本感染症の罹患により、男性が入院した後は女性が行っていた。外出時には男女ともに半袖シャツ、長ズボン、靴下、スニーカーを着用していた。

 <事例2>

 男性(60代)が先行して発症(発熱、紅斑、吐気)し、発症から5日目に採取した血液および紅斑部皮膚生検からR.jが検出された。同居女性(60代)は男性から8日遅れて発症(発熱、発疹、倦怠感)し、発症から2日目に採取した血液および痂皮からR.jが検出された。

 男性は発症5日前に近隣の公園Bで草取りを行っており、女性は8月上旬(詳細日時不明)に自宅の草取りを行っていた。 草取りの際、男性は半袖シャツ、長ズボン、靴下、スニーカーを、女性は半袖のワンピース、素足にサンダルを着用していた。

 R.jの遺伝子検査は、リケッチア感染症診断マニュアル1)に従い、当所において実施した。まず、花岡らの方法によるリアルタイムPCRを実施し、陽性となった検体については、リケッチア属共通17kDa蛋白遺伝子を標的としたnested PCRを行った後、シーケンス解析により種を同定した。

地域環境の背景

 患者宅および近隣の公園は半径約400mの範囲内にある(図2)。

 当該地区は山に面した住宅地である。患者からの聞き取りによると、山にはアナグマ、イノシシ、タヌキ、サルなどが生息しているとみられ、住宅地内で目撃された例もある。また、公園や患者宅の庭先にも野生動物のものと思われる糞を多く見かけるとのことであった。

考察

 過去に、同一場所が感染場所と推定される日本紅斑熱の複数患者発生例が報告されているが2,3)、本事例も同一地区内の2家族計4名が発症時期をずらし、連続して日本紅斑熱を発症した例である。

 事例1は、公園での犬の散歩時に患者が直接マダニに吸着された可能性に加え、散歩時に犬に付着したマダニが室内飼育により屋内に持ち込まれ、屋内で患者が吸着された可能性も考えられた。一方、事例2は公園や庭での草取り作業でマダニに吸着されたと考えられた。

 今回の短期間に連続して発生した事例は、近接した複数の場所が感染場所と推定されることから、当該地区において、R.jを保有するマダニの生息密度の上昇と生息域の拡散が生じていたと推察される。その背景には、野生動物を介して持ち込まれたR.jを保有するマダニを起点とし、マダニの世代交代に伴うR.jの垂直伝播により、R.jを保有するマダニ個体数の増加があったのではないかと考えられた。

対応

 感染症担当部局および地区保健センターと情報共有し、以下の対応を行った。

 ・市内の公民館、集会所および市ホームページ上4)で、ダニ媒介感染症の注意喚起を実施。

 ・市内のアウトドアショップ、ホームセンターにダニ媒介感染症の注意喚起ポスターを配布。

まとめ

 同一地区内の2家族計4名が短期間に続けて日本紅斑熱を発症した。当該地区では今後も患者の発生が危惧される。

 本来は当該地区の地域住民にスポットを当てた注意喚起を行うことが望ましいと考えられる。しかし、複数患者が発生した地域名を公表することにより、風評被害が生じる危険性があることから、慎重に対応する必要がある。

 これまで、本市で発生した日本紅斑熱患者は、野山に入ったり、農作業を行う等の行動歴を持つ場合が多かったが、本2事例4症例ではこれらの行動歴はなかった。市街地の自宅の庭で野生動物により持ち込まれたマダニの刺咬が原因と推察される日本紅斑熱患者の発生が報告されているが5)、本事例からも、周辺環境によっては生活に密接した場所でも感染が起こり得るということが示唆された。今後は市民に対し身近な生活環境でもダニ媒介感染症に注意を払う必要があること、また、医療機関に対してもダニ媒介感染症の診断に当たっては、患者の屋外での行動歴だけでなく、生活環境周辺の状況についても丁寧に聞き取りを行うことの重要性を周知していきたい。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, リケッチア感染症診断マニュアル〔令和元(2019)年6月版〕
  2. 西川夏子ら, IASR 38: 171-172, 2017
  3. 寺杣文男ら, IASR 41: 13-14, 2020
  4. 広島市ホームページ
    https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/72/2958.html
  5. 瀧口純司ら, 日本感染症学雑誌 90(2), 120-124, 2016

広島市衛生研究所
 山木戸聡 垰 朋実 福永 愛 宇野拓也 藤井慶樹 蔵田和正

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