国立感染症研究所

−今後の注意点を考える−

秋田大学医学部寄生虫学教室 吉村 堅太郎

発端と経緯
 1999年10月に秋田県においてエキノコックス症(ここでは狭義の多包虫症を指す) が発生したとの報道は、その直前に青森県においてブタでエキノコックスの感染が発見されたとの報道とも相まって一時全国的な話題となった。
 筆者は、このニュースがメディアに流された直後に、患者が入院していたA病院の 病理部から、切除された肝臓の病変が果たして多包虫症であるか否かの同定を依頼された。その結果、肝臓の病変内に見いだされた虫体はエキノコックス(多包 虫)ではなく、形態学的に肝蛭(Fasciola sp.*の幼若虫であることが分かった。筆者らはその後、本症例がエ キノコックス症であると診断された時に用いられた血清をも入手し、dot-ELISA(12種の蠕虫抗原)、ELISA(肝蛭、多包虫、日本住血吸虫の抗 原)、 Western blotting(肝蛭抗原)、ゲル内沈降反応(肝蛭抗原)を用いて血清学的な検証をも試みた。その際には、肝蛭症陽性患者血清をも入手し、陽性対照とし た。その結果、本症例はdot-ELISAで肝蛭抗原に対して強陽性を示し、その反応は陽性対照血清のそれよりも強いものであった。dot-ELISAで は、患者血清ならびに陽性対照血清のいずれもがマンソン裂頭条虫のプレロセルコイド抗原に対してごく弱い交叉反応を示した。他方、ELISAでは、多包虫 抗原に対しても陽性反応を示したが、肝蛭抗原に対する反応の方が著しく高く、多包虫抗原に対する反応は交叉反応と判定された。また、ゲル内沈降反応では、 患者血清の沈降線と陽性対照血清の沈降線が完全に融合していることから、本症例は血清学的にも肝蛭症であることが確定した。
 それでは、本症例においてなぜ当初エキノコックス症と診断されたかを考察し、今後、エキノコックス症のように、感染症新法で医師に届け出義務のある4類感染症の届け出の場合には、どのような注意が必要かについて提言を試みたい。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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