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マラリア 2006~2017年

(IASR Vol. 39 p167-169: 2018年10月号)

マラリアはハマダラカの刺咬によって媒介される原虫性感染症で, 年間2億人以上が罹患し, 約50万人が死亡する世界最大規模の感染症である。ヒトにマラリアを起こす病原体は熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum), 三日熱マラリア原虫(P. vivax), 卵形マラリア原虫(P. ovale), 四日熱マラリア原虫(P. malariae)の4種で, それぞれ, 熱帯熱マラリア, 三日熱マラリア, 卵形マラリア, 四日熱マラリアの原因となる。そのうち, 熱帯熱マラリアと三日熱マラリアの両者で報告例中の90%以上を占め, 他の2種は稀である。いずれのマラリアも発熱・脾腫・貧血を主症状とする。熱帯熱マラリアでは感染赤血球が臓器内の毛細血管を閉塞することで脳マラリア, 急性腎不全, 急性呼吸窮迫症候群等の合併症を起こす。

マラリアの分布域は広く, 流行国は100カ国を超え, そこに世界人口の40%が住んでいる。現在, 日本国内での感染例はないが, 日本を含む非流行地から流行地への渡航者は増加しており, 全世界での輸入マラリアは年間3万例に達するとされる。

感染症発生動向調査からみた日本のマラリア

マラリアは感染症法に基づき, 診断した医師に全数届出が義務づけられている4類感染症である (届出基準:https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-33.html)。本特集では2006年第13週~2017年末までに診断され, 届出られたマラリア症例704例について解析した。この間の年間報告数は40~80例程度, 年間平均報告数59例であった。また, これらの推定感染地は, 不明の6名を除き, すべて海外であった。原虫種別では, 2008年以降, 熱帯熱マラリアが他の3種に比べて多く, 近年はその傾向はより強くなっている(図1)。性別・年齢群別では, 男性が77%にあたる539例, 年齢では20代215例(31%), 30代216例(31%) であった(図2)。ただし, このデータは渡航先および渡航者の年齢分布に関係している。15歳未満の小児マラリア症例は25例(3.6%), 15例が熱帯熱マラリアで, うち11例はアフリカが推定感染地であった。また, 届出時点での死亡例は40代, 70代で各1例あり, すべて熱帯熱マラリアによるものと報告された。

推定感染地域をアフリカ, アジア, オセアニア, 中南米, 中東に大別し, 各地域で感染した原虫種別の割合を図3に示した。アフリカを推定感染地とする症例が459例(65%) と最も多く, そのうち82%が熱帯熱マラリアであった。アジア, オセアニア, 中南米はいずれも70%前後が三日熱マラリアであった(日本人渡航者数を考慮した推定感染地別の報告傾向については本号4ページを参照)。

原虫種別に推定感染地域/国をみると(), 熱帯熱マラリアはアフリカが90%を占め, そのうち57%が西アフリカ, 28%が東アフリカ, 12%が中部アフリカであった。次いでアジアが7%, オセアニアが2%であった。三日熱マラリアはアジアが65%, そのうち73%は南アジア, 20%が東南アジアであった。次いでオセアニアが14%であった。卵形マラリア, 四日熱マラリアはともに報告数は少なく, アフリカがそれぞれ93%, 80%を占めた。

新たなマラリア

上述の4種のマラリア原虫に加え, マレーシアのボルネオ島でP. knowlesiのヒトへの感染が頻発している。P. knowlesiはヒトの原虫ではなく, 人獣感染症を起こすマカク属のサルの原虫と考えられている。2012年にはマレーシアに渡航した日本人での発症例が報告されており(IASR 34: 6-7, 2013参照), 本統計で東南アジア由来の原虫種不明とされたものの中には本原虫が含まれている可能性がある。

マラリアの診断

感染流行地域への渡航歴の問診がまずは重要である。確定診断は薄層血液塗抹標本をギムザ染色し, 顕微鏡下で原虫を確認することである。この方法では形態学的特徴から4種のマラリア原虫の鑑別も可能であり, 現在もゴールド・スタンダードである。流行地域ではイムノクロマト法による原虫抗原を検出する迅速診断キットが使用されるが, 日本国内未承認検査薬であり, 顕微鏡による確定診断の補助として用いられる。PCR法による遺伝子の検出も研究室レベルで広く行われており, 高感度で原虫種を確定できる。

マラリアの治療

マラリアの特効薬としてクロロキンが効果を発揮してきたが, 熱帯熱マラリア原虫では耐性株が出現・拡散し効果が期待できない。スルファドキシン/ピリメタミン合剤, メフロキンに対する耐性株も報告されている。熱帯熱マラリアに対する第一選択は, 中国の薬草から抽出されたアルテミシニンの誘導体である。流行地でのこの薬剤の導入がマラリアの犠牲者を激減させた。しかし, この特効薬にも耐性株の出現が報告されている(本号7ページ参照)。アルテミシニンの優れた抗マラリア効果と, 耐性株の出現抑制を両立するために, アルテミシニン誘導体と作用機序の異なる薬剤を合剤として使用する, artemsinin-based combination therapy(ACT)が世界保健機関(WHO)により推奨されている。

熱帯熱マラリア以外にはクロロキンが有効であるが, 東南アジアの三日熱マラリアには耐性が出現している。三日熱マラリアと卵形マラリアに対しては, クロロキンに加えて, 再発の原因となる肝臓中の潜伏原虫を殺滅するプリマキンを投与する必要がある。

日本国内で承認されている抗マラリア薬はキニーネ経口薬, メフロキン, アトバコン/プログアニル合剤, プリマキン, 最近になってアルテメテル/ルミファントリン合剤が加えられACTが可能になった。クロロキンなど他の抗マラリア薬は, 熱帯病治療薬研究班が輸入・保管し, 全国各地の基幹病院に配備されている(http://www.nettai.org)(本号5ページ参照)。

予防と対策

マラリアの予防として, 流行地域への渡航時にメフロキンあるいはアトバコン/プログアニル合剤の予防投与を考慮する。また, ハマダラカに刺されないための対策, 例えば, ハマダラカの活動時間である夜間に肌を露出しない, 高濃度のディートを含む虫除けスプレーの使用も講じるべきである。

ワクチン開発

マラリアに対する予防対策として期待されているのがマラリアワクチンである。世界中の研究者がマラリアワクチンの開発を目指しており, 実用化に近づいている。しかし, 現状では薬事承認されたワクチンはない (本号89ページ参照)。

終わりに

日本ではマラリアは稀な輸入感染症である。マラリア患者は, 診断・治療の遅れにより致命的になることもある。日本の医療現場でも, 予防のための適切な知識を与え, 迅速な診断・治療ができる体制の確立が求められる。また, 渡航者に対するマラリア流行地の情報提供も行っており(https://www.forth.go.jp/), 医療従事者だけでなく, 渡航者にもマラリアに対する知識を持ってもらうことが重要である。

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